第4話 変異種④
森の奥は、焦げた匂いで満ちていた。
変異種の咆哮が空気を震わせる。
本来ならそこにあったはずの夜の静けさは、もはや遠い。
この場所だけは、暴力と雷と血の“匂い”に支配された、別の世界と化していた。
ユウナは一瞬で状況を計算する。
防護点。
残りHP。
次に被弾した場合の想定損傷。
耐えられるか、耐えられないか。
そして、どこまでリソースを切れば“次”に繋がるか。
答えはすぐに出た。
「【ヒールスプレーSS】!」
白い色の魔力が弾け、ユウナの身体を包む。
裂けた肉が塞がり、滲んでいた血が止まる。
完全回復にはほど遠い。
だが、それでいい。
「これで次も、ギリギリ耐えられる!」
そう言い切る声に迷いはない。
そして、ユウナはさらに踏み込んだ。
「――異貌化」
その瞬間、角が伸びた。
瞳が赤く染まり、肌が青白く変色する。
人の理からわずかに外れた、“負”の側へ傾いたナイトメアの本質が露わになる。
纏っていた空気が変わる。
魔力の制御が跳ね上がる。
「《魔力撃》!」
刃が光を孕む。
さらにユウナは、休む間もなく次の手へ移った。
「《マルチアクション》!」
踏み込みと同時に、詠唱が始まる。
剣に魔力を込め、それを振るいながら魔法を組み立てる。
常人ならば動作が破綻する無茶だ。
だがユウナは、それを強引に成立させる。
振り下ろされた刃が変異種の外殻を裂く。
それと同時に、変異種の頭上に魔法陣が展開される。
「真、第十一階位の攻――」
空気が張り詰める。
「電撃、電撃、滅殺、迅雷――」
雷鳴が空を裂いた。
「豪雷!」
次の瞬間、ユウナが吠える。
「雷のお返し…っ! 【サンダーボルト】!!」
白銀の雷柱が変異種を直撃した。
剣撃でこじ開けた傷口へ、容赦なく雷が叩き込まれる。
肉が焼ける。
魔力が暴れる。
異形の体内から、留まりきれない光が漏れ出した。
その一瞬の隙を、ルシエラは逃さない。
さきほどまで手にしていた〈ヒーリングポーション〉の空瓶を投げ捨て、そのまま巨体へ飛び込む。
「《全力攻撃Ⅱ》 《薙ぎ払いⅡ》!」
大剣が唸り、変異種の胴を深く斬り裂くと、耐えかねたように頭が下がる。
そのまま流れるような軌道で頭部へと叩き込む。
「GYAOOOOOOOO!!!!!!」
変異種が狂乱した。
咆哮とともに、二本の角の間から再び雷光が噴き上がる。
ユウナが叫ぶ。
「来るわよ!」
次の瞬間、雷撃が再び戦場を埋め尽くした。
光が弾ける。
大地が裂ける。
木々が根元から抉れ飛ぶ。
ユウナの外套が裂け、足元の地面が崩れる。
ルシエラの体を伝っていた血は、雷熱で蒸発した。
さらに、巨大な尾が横薙ぎに振り抜かれる。
避けきれない。
二人はまとめて同じ方向へ吹き飛ばされた。
土を削りながら地面を転がる。
息が詰まる。
骨が軋む。
視界が揺れる。
それでも。
二人は即座に立ち上がった。
息が苦しい。
血が熱い。
全身の骨が悲鳴を上げている。
だが、目は死んでいない。身体も動く。
ユウナが変異種を睨み据え、言い放つ。
「次で詰める!」
それは宣言だった。
この三手目で必ず終わらせる。




