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第4話 変異種③

 森の奥。


 変異種の姿を視界に捉えつつ、しかし相手からはまだ気づかれない位置。

 ユウナとルシエラは、木々と闇に身を溶かすようにして息を潜めていた。


 視線の先にいるのは巨大な変異種。

 見た目はドルギラスに酷似しながら、その実態はまるで別物。

 ただそこにいるだけで周囲の生態系を捻じ曲げる、圧倒的な存在だ。


 ユウナは静かに口を開く。


「まずは、街で買い込んできた〈消魔の守護石〉を渡すわね」


 そう言って、小袋から出した複数の石を、ルシエラへ無造作に渡していく。


 〈消魔の守護石〉

 持ち主に与えられる魔法的ダメージを、一度だけ軽減する魔法具。


「あれがドルギラスの変異種だとしたら、強力な雷撃を放ってくる可能性が高いわ。迷わず使いなさい」


 しかも渡されたのは、上級の軽減効果を持つ品だった。

 ユウナとルシエラで、それぞれ十個ずつ。


 ルシエラは受け取った石を見つめながら、内心で呟く。


「(……一個、一万ガメル)」


 つまり二人分で二十万ガメル。

 軽く考えていい額ではない。


 だが、ユウナはそんなことを微塵も気にした様子なく、次の準備に移っていた。


「次は賦術でバフをかける」


 カードを指先で弾き、短く言い放つ。


「【ヴォーパルウェポンSS】」

「【バークメイルSS】」


 二人の剣に赤い光が宿る。

 続いて身体が緑の光に包まれ、防御力が底上げされていく。


 攻撃と防御。

 両方を限界まで引き上げる、初手からの全開準備だった。


「真語魔法で雷撃への抵抗も上げる…【バイタリティ】」


 ユウナが呪文を紡ぐと、二人の身体の奥から生命力が活性化していくような感覚が広がる。

 これから浴びるであろう雷撃を、少しでも耐えるための備えだ。


 さらにユウナは、並べた薬瓶を示した。


「最後にポーション」


 地面へ整然と置かれた瓶は三種類。


 〈スカーレットポーション〉――最大HPを上げる。

 〈アンチマジックポーション〉――被魔法ダメージを軽減する。

 〈デクスタリティポーション〉――命中力を上げる。


 ユウナは真顔で言った。

「一本一本は美味しくないけど、何故か三本まとめて飲むと美味しく感じるわ」


 ルシエラが思わず眉をひそめる。

「その情報、要ります?」


「超重要」

 即答だった。


 ルシエラは半信半疑のまま薬瓶を呷る。

 独特の苦味と薬臭さが喉を通った。

 だが、不思議なことに三本続けて飲むと、確かにそれは美味しく感じ、苦かった後味が消えたことにほっとする。


「(……ちょっと悔しい)」

 ユウナが言った通りの感想を抱いた自分に、ルシエラは内心で少しだけ敗北感を覚えた。


 だが、ふざけていられる時間はそこまでだった。


 ユウナの表情が、一段深く引き締まる。


「まずは全力で胴体部を攻撃する」

 短く、明快な指示。


「そこを削ってある程度は動きを鈍くさせておかないと、コア部位である頭部への攻撃が届かない」


 ルシエラも真剣な顔で頷く。

 ユウナはさらに続ける。

「尻尾のテイルスイングも厄介だけど、そっちを沈黙させるより、コア狙いを優先するわ」


 枝葉の揺れる音の向こうで、変異種の荒い息遣いが響いている。その息遣いだけで圧迫感を感じて、その巨体が暴れ回ったときの尋常ならざる威力が容易く想像できる。

 時間をかければ相手の強力な攻撃に耐えられなくなる。

 だからこそ、狙いは最初から一点突破だ。


 ユウナは剣を抜いた。


 重心を低く落とし、いつでも飛び出せる姿勢を取る。

 その横で、ルシエラもまた大剣を構える。


 空気が張り詰める。


「準備はここまで」


 ユウナが低く問う。


「覚悟はいい?」


 ルシエラは迷いなく答えた。


「はい!」


 その声に、もう不安は混じっていない。

 あるのは緊張と、戦う意志だけだった。


 ユウナが小さく笑う。


「よし――行くわよ!」


 次の瞬間。


 二人は同時に地を蹴った。


 闇を裂いて、一直線に。

 自分たちの10倍はあろうと言う巨大な体躯の生物へ向かって、迷うことなく。


 森が震えた。


 二人の接近に気づいた変異種が咆哮を放つ。

 大気が揺れ、木々の葉が一斉にざわめいた。

 ただの威嚇ではない。

 その一声だけで周囲の空気を支配する、圧倒的な捕食者の咆哮だった。


 だが二人は怯まない。


 躊躇なく、真正面から飛び込む。


 ユウナが賦術カードを叩き割るように起動した。


「【イニシアチブブーストSS】!」


 空気が裂ける。


 時間そのものを奪い取るように、ユウナの身体が前へ滑り出た。

 先手。

 それがなければ、この構成は成立しない。


 同時に錬技を重ねる。


「錬技【キャッツアイ】【ガゼルフット】【ビートルスキン】!」


 視界が研ぎ澄まされ、脚が軽くなり、皮膚の下に硬さが宿る。

 基礎能力を一段階引き上げたうえで、ユウナはそのまま剣を振りかぶった。


「《魔力撃》――《全力攻撃Ⅱ》、並列発動!」


 刃に魔力が奔流のように流れ込み、赤黒い光が脈打つ。

 筋力と魔力を無理やり融合させた斬撃が、変異種の外殻へ叩き込まれた。


 重い衝突音。


 硬質な、外殻ともいえる皮膚が耐えきれず裂け、黒い血が飛び散る。


 しかし、ユウナはそこで止まらない。


「《ファストアクション》!」


 さらにもう一撃。


 音に迫る速度で、剣がもう一度振り抜かれる。

 踏み込みの衝撃で地面が陥没し、刃が深く食い込んだ。


 変異種がここで初めて本気の怒号を上げる。


「ルシエラ!」


 視線を逸らさぬまま、ユウナが叫ぶ。


 ルシエラもまた、突進しながら錬技を解き放った。

 回復用である【リカバリィ】を除く、全ての錬技を発動させる。


 全身の筋肉が膨張し、指先まで力が満ちる。

 皮膚が硬質化し、獣じみた鋭さがその身に宿った。


 大剣を握り込み、真正面から叩き込む。


「《全力攻撃Ⅱ》!!」


 空気が爆ぜた。

 大剣の一撃が変異種の巨体を揺らし、肉と外殻の奥深くへ衝撃を通す。


 だが、それでも倒れない。


 変異種の二本の角のあいだに、小さな雷光が生まれた。

 次の瞬間、それは一気に膨れ上がる。


 雷の嵐。


 視界を焼く閃光とともに、周囲一帯へ雷撃が荒れ狂った。


「――っ!!」

 二人は歯を食いしばって耐える。


 弾ける雷。

 灼ける空気。

 消魔の守護石が砕け、代わりに魔力の直撃を受け止める。


 それでも余波だけで木々は薙ぎ払われ、地面は抉れた。


 皮膚が灼けるのを感じ、ユウナが奥歯を噛み締める。


「強い……っ!」


 雷撃が止んだ、その直後。

 今度は巨大な尾が唸りを上げて振り抜かれる。


「くっ!」


 ユウナは紙一重でそれを避けた。

 だが…!


 バキィッ!!


「ぐぅっ!」


 ルシエラは回避しきれず、まともに受けて吹き飛ばされた。

 地面を転がり、土煙を舞い上げる。


 しかも、それで終わらない。


 変異種はそのまま、自らの巨体そのものを武器にして暴れ回った。


 それはもはや個別の攻撃ではない。

 大地を揺るがし、周囲すべてを巻き込む災害だった。


 ユウナは驚異的な反射神経でその暴威をすり抜ける。

 だが、一瞬だけ――肩が触れた。


「っ!?」


 それだけで十分だった。


 激しい衝撃とともに、ユウナの身体が弾き飛ばされる。


 空中で体をひねり、回転しながら地面を転がって衝撃を逃がす。

 その勢いのまま無駄なく立ち上がるあたりがさすがだと言える。


 そして、間髪入れずに叫ぶ。


「生きてるわね!」


 それは心配の声ではない。

 確認だ。

 戦線がまだ成立しているかどうかの、冷徹な問い。


 ルシエラもすぐに身を起こす。

「はい!」


 立ち上がる。

 その目は揺れていない。

 痛みはある。

 だが、標的から視線を逸らしはしない。


 やはり――強い!

 雷撃も、テイルスイングも、体当たりも、通常のドルギラスとは比較にならない。


 長くは保たない……っ!

 血の匂いと焦げた空気の中で、ユウナが叫んだ。


「三手で決める!」


 視線は変異種へ固定されたまま。


「それ以上かかるなら――」


 呼吸は荒い。

 それでも口元には、不敵な笑みが浮かんでいる。


「私かあなた、どちらかが死ぬと思いなさい!」


 それは脅しでも、虚勢でもない。


 厳然たる事実だった。


 初手で深手は与えた。

 次の一手で巨大な胴体と言う防壁を崩す。

 そして最後の一手で頭部、必ず仕留める。


 そうでなければ、こちらが先に削り切られる。


 この戦いに、長期戦という選択肢はない。

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