パーティ戦闘①
駆けつけた先には、血と鉄の匂いが充満する戦場が広がっていた。
横倒しになった馬車を背に、三人の冒険者が必死の防戦を展開している。
対する蛮族は六体。
数で劣る冒険者たちはすでに無数の傷を負い、肩を上下に揺らして絶望的な状況に耐えていた。
「ボガード三体、ボガードソーズマン二体、ボガードトルーパー一体か……初級冒険者殺しの定番みたいな編成ね」
ユウナは木々の陰から、一瞬で戦力を分析する。
ボガード程度が相手だと思って請けた依頼で、想定外の上位種に遭遇し、そのまま押し潰される。冒険者になりたての者たちが陥りやすい、あまりにも典型的な死地。
油断というほど甘くはなく、慢心というほど愚かでもない。
ただ、少しだけ運が悪く、少しだけ見立てが甘く、少しだけ相手が強かった。
だがそれだけで人は死ぬ。
「稀によくある話ね」
『稀なのによくあるのですか?』
ごく短い軽口だった。
だが、その数秒が、張り詰めた空気に小さな隙間を作る。凍りつきかけたメイベルの思考を、戦場へ向かうためのものへと切り替えさせる。
ユウナはちらりとメイベルを見た。
怯えていないわけではない。
メイベルの指先はわずかに震えていたし、呼吸も浅い。目の前で生死を賭けた戦闘がなされている状況に、恐怖を感じないほど鈍くもなければ、戦場に慣れてもいない。
それでも、逃げようとはしていなかった。
ならば十分だ。
「メイベル、集団戦での神官戦士の立ち回りは教えたわよね、覚えてる?」
「は……はい!」
硬い返事だが、声は出た。
「よし、じゃああの冒険者たちと合流して蛮族を倒してきなさい!」
一瞬、メイベルの目が大きく見開かれた。
助けに行く、ではない。
倒してきなさい。
それは、救援ではなく、戦力として数えられている者へ向ける言葉だった。
その意味を理解した瞬間、彼女の背筋が伸びる。
「……っ、はいっ!」
メイベルは地を蹴った。
小柄な身体が、草を払い、土を蹴り、戦場へ向かって走る。
正面から飛び込むことはしない。
教えられた通り、視界を広く保ち、敵味方の位置を確認しながら、大きく弧を描くようにして迂回する。
まず見るべきは、自分が斬り込む場所ではない。
誰が押されているのか。
どこが崩れかけているのか。
どの敵を止めれば、戦線が保つのか。
走りながら、メイベルは必死に戦況を観察した。
リーダー格と思しき男は、ボガードソーズマンとほぼ互角に渡り合っている。
腕は悪くない。だが、すでに疲労が濃く、血も流しすぎている。
残る二人の冒険者も、ただのボガードが相手ならばまだ勝機はあった。荒いながらも連携は取れているし、互いの隙を庇い合うだけの経験もある。
そんな中にいるボガードトルーパーが、すべてを台無しにしていた。
数で劣り、質でも負けている。
人族側の冒険者たちは、すでに勝利のための戦いではなく、敗北までの時間を引き延ばしているだけだった。
そのとき、トルーパーの剛剣が唸りを上げた。
リーダー格の男が受け止めようと剣を上げる。だが、受けがわずかに遅い。金属の衝突音が弾け、男の体勢が大きく崩れた。
「ぐっ……ううっ!」
士気が崩壊しかけたその瞬間、メイベルが戦場に姿を見せた。
彼女は正面からではなく、大きく迂回して背後から接近していた。
「加勢します!」
正面から敵の間合いに入らない。だが、味方の視界には入る。自分がいると知らせ、敵にも背後に新手がいることを意識させる。
それが、いま彼女にできる最初の仕事だった。
「――【キュア・ウーンズ】!」
光の粒子が冒険者たちの体を包み、傷を塞いでいく。
「っ!? 感謝する!!」
絶望から引き戻されたリーダーが咆哮を上げ、再び剣を握りしめた。
回復によって息を吹き返した冒険者たちは、連携を取り戻し、蛮族たちに反撃の傷を負わせ始める。
「========!」
トルーパーが、不快な蛮族語で吠えた。
意味は分からない。
だが、意図は分かる。
あの神官を殺せと言っている。
メイベルは瞬時にそう判断した。
案の定、ソーズマンの一体と、ボガードの一体が戦列を離れ、彼女の方へ殺到してくる。
距離を取っていたとはいえ、相手は蛮族だ。身体能力では向こうが上。逃げ回るだけではいずれ追いつかれる。
ならば、止めるしかない。
メイベルは剣を構え、盾を前に出した。
「……っ!」
最初に踏み込んできたのはソーズマンだった。
双剣が左右から走る。
片方は盾で受けた。重い衝撃が腕に響き、肘の奥まで痺れる。それでも無傷で受けきった。だが、もう一方の軌道が鋭く切り込まれ、捌ききれなかった刃が彼女の二の腕を掠める。
「……つぅっ!」
ソーズマンとメイベルのレベルは拮抗している。
だが、まだ幼く、身体が出来てないメイベルに対して、完成された蛮族の方が戦力はわずかに上……だが、全く通用しないほどではない。
斬られた箇所から鮮血が流れる。
しかし、恐怖で足が震えることはなかった。
痛みを思考の外に追いやり、メイベルは冷静に戦局を計算する。
蛮族に回復役はいない。
こちらには、自分がいる。
ならば、いま必要なのは華々しい一撃ではない。
時間を稼ぎ、傷を癒やし、守りを固め、敵の消耗を待つこと。
持久戦。
それが、この場で自分が選ぶべき答えだった。
メイベルは限界に近い魔力を練り上げる。
ここで惜しめば、誰かが死ぬ。
だから、惜しまない。
「――【セイクリッド・シールド】!」
蛮族に対する絶対的な守護の光が、四人全員に降り注ぐ。
「かなりMPを消費したけれど、これで……!」
魔法による物理的な防壁を身に纏った冒険者たちの顔に、勝利への執念が宿る。
死闘は、ここからが本番だった。




