初戦闘
翌朝。
朝食を済ませ、片付けを終えたところでエリスが静かに目を閉じた。
『それでは……広域探査を開始いたします……【ライフセンサー】』
エリスの周囲にマギスフィアが展開する。
魔力の波動が広がり、四方へと放たれる。
『反応を検知しました。北西、距離……』
と言いかけた、その時だった。
「た……助けてくれーっ!!」
悲鳴が街道の先から響き渡った。
街道を必死の形相でこちらへ走ってくる商人風の男。
その後ろからは、獲物を追い立てるかのように、二体のボガードが醜悪な笑みを浮かべて迫っている。
『………………』
最新鋭の索敵魔法を披露する間もなく「向こうからやってきた」事態に、エリスが微妙に寂しそうな表情を浮かべた。
『……対象、目視確認済みです』
「うん……」
ユウナがそんな彼女の肩を、同情を込めてポンポンと軽く叩く。
だが。
「……ぷふっ」
初めて見るエリスの表情に、小さく吹き出すユウナ。
『…………』
エリスは、そんなユウナをじっと見たが、何も言わなかった。
ルシエラがその様子を見て身震いする。
そんなわずかなやり取りの後。
「メイベルに二匹とも任せたいところだけど……」
冗談の色が抜けたユウナは熟練の戦士の顔になり、エリスへ問いかけた。
「エリス、この先は?」
『はい。この先に十一の生命反応。状況と反応の大きさから見て、一体は荷馬。残り十体は人間サイズです』
「……護衛が雇い主の商人だけを逃がして、今も交戦中ってところかしらね」
エリスが肯定するように頷く。
『魔法の探知だけでは詳細は不明ですが、商人風の男性が逃げてきた方向と合致する以上、その可能性は極めて高いと推察されます』
「のんびり訓練させている暇はなさそうね。一人だけ逃がしたってことは、残りの護衛はかなり不利な戦いを強いられているはずよ」
ユウナが腰の剣をすらりと抜き放った。
「メイベル、ウォームアップよ。一匹はあなたがやりなさい。
……三十秒で片付けること。出来なければ罰を与えるわ」
「は……はいっ!」
メイベルは緊張に強張る手で剣を抜き、盾を構えて正対した。
新手に怯むことなく襲いかかってくる二体のボガード。
そのうちの一体へ向けて、ユウナが影を残すような速さで踏み込んだ。
「ガひゅッ……」
ボガードが獲物の動作に気づく暇さえなかった。
ユウナの一閃は、振られたことすら視認できない速度で蛮族の喉元を断ち切り、返り血さえ浴びることなく沈めた。
メイベルは残る一体のボガードと対峙した。
ボガードの手にある粗末な棍棒が振り下ろされる。
「くっ……!」
教わった通り、最小限の動きで躱す。
だが、練習にはなかった生々しい殺気が、メイベルの動きを鈍らせる。
ボガードの執拗な追い打ちに、メイベルは盾で防ぐ防戦一方となった。
「あと二十秒!」
ユウナの冷徹なカウントダウンが響く。
落ち着いて……相手の動きを見て……!
ボガードの手先や脚。
武器を振るために手前に出てきた小手先や、踏み込んできた脚を中心に、細かい傷を付けていく。
「十秒前!」
「ゲギャッ!」
メイベルの瞳に、焦れたボガードが大きく振りかぶった瞬間の脇腹の隙が映った。
「やああっ!」
鋭い踏み込みとともに、メイベルの剣がボガードの胴を深く切り裂く。
致命傷を負い、たじろぐボガード。
メイベルはその勢いのまま、渾身の力で心臓を突き抜いた。
ドサリ、とボガードが地に伏したのと、タイムアップは、ほぼ同時だった。
「……ギリギリね。まあ、合格にしてあげるわ」
ユウナは剣を鞘に納めることなく、前方を見据えた。
「さあ、ここからが本番よ。ルシエラ、あなたはその人を守りながら、無理のないペースで追いかけてきて!」
「了解しました。お気をつけて!」
ルシエラが頷く。
「私たちは急ぐわよ!」
ユウナが風のように駆け出した。
その後を、一分の乱れもない動作でエリスが追う。
「……っ!」
メイベルは肩で息をしながら、必死に二人の背中へと食らいつくように走った。




