平和な旅路
「さすがに街道沿いでは、モンスターも蛮族もそうそう出てこないわね」
旅の初日の夜。
夜営の火を囲みながら、ユウナがパンをちぎりながら言った。
「これなら派手な馬車でも用意して、盗賊やら山賊やらを釣った方が良かったかな」
「それも難しいと思いますよ」
スープをすすりながら、ルシエラが穏やかに返す。
「この辺りは治安が良くて、賊の被害もほとんどないですから」
「……そうね、特に女の子の一人旅でも何とかなったり?」
ユウナがそう言って、ちらりとメイベルの方を見る。
「ユウナ様はいじわるです……」
顔を赤くしたメイベルが俯き加減で抗議した。
「ふふっ。
まあ、まだ初日だし。後日に期待しましょうか」
王都までおよそ十日。
この先には多少物騒な地域もある。
焦る必要はない――その時はそう思っていた。
だが。
旅程の半分を過ぎても、何も起こらなかった。
街道は平穏だった。
旅人とはすれ違った。
巡回兵とも挨拶を交わした。
行商人の、道のわきにスタックした荷車を押して手伝う場面もあった。
だが、襲撃はない。
魔物も出ない。
蛮族の斥候もいない。
“少し物騒なところ”とされていた地域でさえ、拍子抜けするほど何事もなく通過してしまった。
そして六日目の夜。
「なんで! 何にも! 遭遇! しないの!」
ユウナが地面を踏み鳴らした。
焚き火の火が、びくりと揺れる。
「まあ、普通はそんなものだと思いますが……」
ルシエラがやんわりと宥める。
その通りだった。
十日程度の街道移動で、毎回のように魔物や賊に襲われるようでは、交易も旅も成り立たない。
何も起きないからこそ、人は道を使い、物は運ばれ、街と街が結ばれている。
むしろ、平穏こそが正常なのだ。
だが、奇妙な運命に翻弄され続けてきたユウナにとって、その“正常”は少々物足りないらしい。
だからこんなことを言い出す。
「もう山狩りでもする!?」
「それは流石に……」
ルシエラが苦笑しながら首を振る。
その後もぎゃいぎゃいと騒ぐユウナ。
その様子を見て、メイベルがぽつりと呟いた。
「……子供のようですわね」
まだ短い付き合いだが、分かってきたことがある。
この人は、あまりにもギャップが激しい。
冷静で。
時に非情で。
鋭い刃のような気配を纏い、相手の甘さを容赦なく切り捨てる。
その一方で、今のように短絡的で、どこか間の抜けたことを平然と言う。
とても“最上級の冒険者”とは思えない瞬間が、確かにある。
『失望しましたか?』
気づけば、エリスが隣に立っていた。
音もなく。
メイベルは少し驚いてから首を横に振った。
「いえ……このような言い方、失礼かとも存じますが」
そして笑顔で。
「すごく親しみを感じております」
『そうですか』
エリスはほんのわずかに微笑むと、そのままユウナの方へ歩いていく。
そして軽く一礼。
『僭越ながら……』
ユウナが視線を向ける。
『私の魔動機術【ライフセンサー】で、近くに敵性生物がいないかチェックいたしましょうか?』
ユウナとルシエラが、同時にぱちぱちと瞬きをした。
「エリス、そんなことできるの!?」
『はい』
それが当たり前であるかのような、あっさりした返答。
ルシエラがすぐに疑問を口にする。
「でもあれは確か……100メートルまでしか探れないのでは?」
エリスは淡々と説明した。
『マギスフィアをセンサー専用の増幅回路に組み込み、魔法を行使することで、半径1000メートルまで探知が可能です』
「10倍ですか!?」
ルシエラの声が一段上がる。
ユウナはぽかんとした顔のまま呟いた。
「……反則級ね」
『最適化された運用です』
「まあそんなことが出来るなら話は早いわ」
ビッと街道から外れた方向の空を指さして。
「明日は狩りの時間よ!」




