三人寄れば意見が割れる
ギルド長が、王都相手に神経をすり減らすやりとりをしている頃。
ユウナとルシエラは、メイベルを連れて、リリアの工房を訪れていた。
「いらっしゃいませ~……って、あら~、随分可愛らしい子を連れてますね~」
奥の作業場から出てきたリリア。その視線がまっすぐメイベルへ向いた。
十歳ほどの少女。
どこか育ちの良さを感じさせる、けれど不安を隠しきれていない面持ち。
リリアは、によによと笑みを浮かべて続けた。
「お二人の子供ですか~?
それにしては随分と大きいですね、十歳くらいですか~?」
「んなっ!?こど……っも!私とユウナの……!!!!!!」
ルシエラが反応して大きな声を上げた。
「バカ言わないのリリア。ルシエラも一々反応しない」
呆れたようにため息をつくユウナ。
「だ、だって……!」
ルシエラは慌てて言い返そうとするが、さらに顔を赤くして言葉を失ってしまう。
「(……と、尊い)」
その様子を見て、メイベルの意識があらぬ方向へ飛んでいく。
こつん。
ユウナがその頭を軽く小突いた。
ハッと正気に帰り、慌てて会釈をした。
「は、初めまして……メイベルと申します」
「メイベルさんですね~。リリアです、どうぞよろしく~」
リリアは相変わらず柔らかな調子で微笑みながら、メイベルをじっと見た。
「……ふむふむ」
「何よ、その顔」
ユウナが訝しげに眉を上げた。
「まさか、もう何か言い当てるつもり?」
「ええ~? 言い当てるというほどでもないですよ~」
リリアは楽しげに指先を頬へ当てた。
「でも、なんとなく分かったことはあります~」
「……何が?」
「この子、ユウナさんに会うためにお城から飛び出してきたんでしょう?」
空気がぴたりと止まる。
ルシエラが「えっ」と声を漏らし、メイベルも目を丸くした。
ユウナだけが、わずかに目を細める。
「……なんで、そんなとんでも話が出てくるの?」
「メイベルってお名前の、今年十歳になった姫がラグール王家の末娘にいたなぁって」
頬から指を離し、クルクルと回す。
そしてにこにこと笑みを浮かべながら話した“推理”は、昨日までの経緯をほぼ完ぺきに言い当てていた。
青くなって後退るルシエラ。
未知の生き物でも見るかのような視線をリリアに向けるメイベル。
「……あなたが敵じゃなくて良かったと心底思うわ」
半分呆れたように、そして半分本気でユウナが呟いた。
―――
「で、王都へ行かなきゃならないから、そのための準備ってことですね~」
「そういうこと、この子ってば、ロクな準備もせずこの街まで来たらしくてね」
チラリとメイベルに視線を向ける。
「よく生きてここまでこれたものだと感心するわ」
王都とヴァルクレア間の街道は、それなりに治安がいいとは言え、完全に安全と言うわけではない。
魔物も出現するし、蛮族と出くわすこともある、なんなら人族のならず者だっている。
それを十歳の、しかも身なりの良い少女が一人で歩いてきたのだ。
「勇気と無謀は紙一重って言うけどね」
「随分と分厚い紙一重ですね~」
言って笑い合うユウナとリリア。
そんな二人の話題の当事者であるメイベルは、顔を赤くして縮こまっていた。
危険なんてまるで考えていなかった。
むしろ防寒を考え、食料を自前で用意し、我ながら巧くやったとすら思っていたのに……
慰めるようにその頭を撫でるルシエラ。
そうこうしている間に、カウンターの上には購入品が積まれていた。
高価で強力な装備品ではない。
それなりの価格で、あると便利な類の装備品や消耗品である。
「レベルが低いうちから、身の丈に合わない強力な装備品で固めても何にもならないわ。
自分の実力を勘違いするのがオチね」
そんな中、唯一例外的に選んだ高価な装備品があった。
「メイベル、これを持っておきなさい」
〈勇者の証:技〉――持っていると器用度と敏捷度が上昇しやすくなる。
人の能力値は思うように理想的には伸びない。
もちろんある程度の方向性はあるが、まったく無駄な方向に伸び、最終的には技能の方向まで変えざるを得なかった冒険者の例もある。
これは、そんな不幸をわずかながら回避できるアイテムである。
ユウナがアイテムを渡そうとすると、ルシエラから待ったがかかる。
「待ってください。メイベルに持たせるならこっちでしょう」
〈勇者の証:体〉――持っていると筋力と生命力が上昇しやすくなる。
それを見て顔をしかめるユウナ。
「何言ってるのルシエラ、命中と回避が戦いの基本よ?」
「それは土台が出来ている者の意見です。
戦士ならまずは身を守ること、優秀な武器防具を身につけるための筋力、そして最低限の生命力。
紙装甲の一撃死を避けるのが最初です」
「当たらなければどうと言うことはないって言葉を知らないの?」
「知りませんよそんなの。自分を基準に考えないでください。
だいたい、魔法は避けれないんですから、それに耐える生命力は必須です」
「は?」
「は?」
睨み合う二人。その光景に、なんだか既視感を覚えるメイベル。
あの時はエリスが止めてくれた。
しかし今この場にはいない。
メイベルは縋るような目でリリアを見つめた。
その視線に気づいたリリアは笑顔を浮かべた。
――によによと。
そのままの笑顔で、険悪な空気を垂れ流す二人に臆する様子もなく、とことこと歩み寄る。
メイベルはまだ知らない。
あの顔が導く未来のカタチを……
メイベルがホッとしたのもつかの間。
「わたしはこれがいいと思います~」
〈勇者の証:心〉――持っていると知力と精神力が上昇しやすくなる。
「聞けばメイベルさんは神官でもあるそうだし、まず大事なのは継戦能力です。
回復力に影響する知力と、MPに直結する精神力が必須ですよ~」
「ええっ!?」
止めてくれると思っていたところ、まさかの参戦に驚愕するメイベル。
「「はあ!?」」
すぐさま二人は反応し、グリン!とリリアの方に首を回す。
議論は混沌を極めた。
それはやがて収拾がつかなくなり、工房内に響くのが議論ではなく、ただの口喧嘩に変わっていくのを、メイベルは呆然と眺めていた。
―――
工房からの帰り道。
「ふぅ~ん、メイベルはルシエラを選ぶんだ。ふぅ~~~~ん?」
口を尖らせ、そっぽを向いて不機嫌を露わにするユウナ。
一時間に及ぶ口喧嘩の末、結局はメイベルに選ばせようと言う話になり……
その結果がこれである。
「る、ルシエラ様を選んだとか、そう言う訳では……」
困ったように弁解するメイベル。
「そうですよ、ユウナ。
メイベルが今、自分に必要な能力が何なのかを、しっかり考えた結果なんですから」
落ち着いた声で、諭すように言い聞かせるルシエラ。
「……」
そうして一瞬、ユウナが反論を失って黙ったところへ。
「結果、私の意見が正しいと思ったんですよ!
私の!意見が!!」
大得意になって煽る、煽る。
「むっかーーーーーッ!!」
「ルシエラ様、煽らないでくださいまし~」
結局、屋敷に帰ってエリスに怒られるまで、二人の言い合いは止まらなかった。




