ギルド長の頭痛の種
「別に私のせいじゃないわよ」
ユウナの報告を受けて渋い顔をするギルド長へ向けて、他人事のように付け加えた。
その隣には、沈んだ顔のメイベル。
その背にルシエラが、何も言わずにそっと手を添えている。
メイベルは頭を下げて、今にも消え入りそうな声で口を開く。
「……申し訳ございません、ギルド長様。すべてはわたくしの身勝手な振る舞いのゆえにございます……」
「ああ、いや……王女殿下、そんなに畏まらないでください」
気を取り直したギルド長は、汗を拭いながら椅子に深く腰掛けた。
――私のせいじゃない。
ユウナはそう言った。
確かに、表面だけを見ればその通りだろう。
王女が勝手に城を抜け出し、王都からここまでやって来て、勝手に弟子入りを願ったのだ。
とは言うものの、一方でユウナが完全に無関係を貫き、メイベルをギルドなり王都なりへ任せてしまえば、それで何事もなく終わった話でもある。
一瞬、そんな考えも頭をよぎる。
だが。
ギルド長は、メイベルの目を見てその考えを捨てた。
傍から見れば、ただの世間知らずな王女の、無鉄砲で、考えなしで、迷惑な衝動にしか見えないだろう。
しかし、その目に宿るものは違った。
それは、かつてこのギルドの門を叩いたばかりの、幼い頃のユウナと同じ目だ。
――誰にも、自分の生き方を強制させたくない。
目指す場所こそ違えど、その根底にある想いは、かつて社会を呪いながらも自力で居場所を勝ち取ったナイトメアの少女と重なっていた。
「……なるほどな。お前が首を突っ込んだ理由が、よく分かったよ」
ギルド長は短いため息をつき、首を振った。
「いいだろう。王都にはギルドの公式ルートを通じて上手く伝えておく。行方不明ではなく、当ギルドの管理下で適切に保護している、とな」
「悪いわね、ギルド長。助かるわ」
「感謝ばかりされても困る。だが、確実に王都から召喚命令は下るだろう。
……どう対処するつもりだ? 相手は一国の王だぞ」
「それは、もちろん行くわよ。逃げも隠れもしないわ」
ユウナは不敵な笑みを浮かべ、メイベルの肩を軽く叩いた。
「ただ、私は事実を話すだけ。『この子がやりたいと言ったから、私は受け入れた』とね。そこから先、両親をどう説得し、どう納得させるかは、メイベル自身の仕事よ」
ユウナの厳しい、しかし信頼の混ざった視線を受け、メイベルは震える拳を握りしめて迷いなく頷いた。
「はい、承知しております……。わたくしの口から、お父様にすべてを伝えますわ」
「そうか……。わかった。では、この件は緊急案件として直ちに連絡を取る」
ギルド長は重々しく告げた。
「恐らく明日にでも正式な召喚命令が来るだろう。明日のこのくらいの時間に、またここへ来てくれ」
「わかったわ。じゃあ、また明日」
ユウナはそれだけ言い残して、メイベル、ルシエラと共に部屋を後にした。
バタン、と重厚な扉が閉まり、執務室に静寂が戻る。
「さて……気は重いが、やるしかないか」
ギルド長は机の引き出しの奥から、王都との回線を繋ぐ〈通話のピアス〉を取り出した。
王女が家出し、よりによって忌み嫌われているはずのナイトメアに弟子入りしたなどという前代未聞の報告。
どう伝えれば王家の逆鱗を回避し、かつユウナたちの望む形に持ち込めるか。
考えただけで目眩がする。
まったく、厄介ごとの種は尽きることがないと、彼は深いため息をついた。
だが、その表情は不思議と暗くはなかった。
「……フン。これからの王都が、どうひっくり返されるか。少し楽しみでもあるな」
耳につけたピアスに手を当て、ギルド長は微かな笑みを浮かべながら、通話の合図を送った。




