表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

126/143

メイベルのステータス

「まずは、メイベルのレベルを測りましょうか」


 そう言って、ユウナは木剣を構えた。


 木剣の先が静かに向けられる。

 メイベルは反射的に背筋を伸ばし、木剣を握り直した。


「型はさっき軽く見たけど、打ち合ってみないと分からないことも多いしね」


「打ち込みの正確さ。踏み込みの強さ。攻撃を避ける動き。受けるのか、逸らすのか。崩された時にどう立て直すのか」


 言葉を重ねるほどに、メイベルの表情が真剣になっていく。


「そういうのは、実際に動かしてみないと分からないわ」


 ユウナは軽く木剣を振った。


「さあ、メイベル。好きなように打ち込んで――」


『……僭越ながら』


 その時、控えていたエリスが静かに口を挟んだ。


『技能レベルや能力値であれば、私がステータスとしてお見せできますが』


 空気がピシリと一瞬止まった。

 ユウナは構えたまま、ゆっくりとエリスを見る。


「……そう」


 それから、どこか乾いた笑みを浮かべた。

「ステータス表示ができるなら、それが一番いいわよね……うん、はは」


 声は軽い。

 しかし、どことなく寂しげだった。


 せっかく師匠らしく弟子の力を見極めようとした矢先に、魔動機文明の便利機能がそれを横からさらっていったのである。


 ルシエラは、その微妙な表情に気づいて苦笑した。


「しかし、エリスは本当に何でもありですね」


 感心半分、呆れ半分の声だった。

 エリスはいつものように、姿勢を正したまま答える。


『魔動機文明時代の人族は、社会の発展に全振りでしたので、適材適所が徹底されておりました』


「身も蓋もないわね」


『事実です』


 ルシエラは、そこで少し引っ掛かりを覚えた。

「(全振り?)」


 意味は分かる。

 言っていることも間違っていない。


 だけどエリスらしくはない。


 エリスなら、もっと別の言い方をするはずだ。


 例えば

 ――「社会の発展を最優先としておりました」

 ――「文明維持・発展のため、人的資源の効率的運用を徹底しておりました」


 そんな、少し堅苦しくて、妙に理屈っぽい言葉を選びそうなものだ。


 それなのに今のエリスは、“全振り”なんて、ずいぶん砕けた言葉を使った。


 ルシエラの口元が緩む。

「(ユウナの影響……でしょうね)」


 いつもユウナのそばにいるうちに感化され、エリスの言葉遣いにも少しずつ変化が現れ始めたのだろう。


 そう考えると、何だかおかしかった。


 あの無機質で、何事にも動じないエリスが。

 少しずつ、ユウナに似てきている。


 それはほんの些細な変化だった。


 けれど確実な変化。


 エリスがこの屋敷で過ごす時間を重ねるにつれて、少しずつ変わっていく。


「……ふふっ」

 声に出して笑ってしまう。


『ルシエラ様?』


「いえ、何でもありません」


 ルシエラは首を横に振る。

 笑みを隠しながら、目の前の二人を眺めた。


 ユウナとエリス。


 出会った頃には、こんな光景になるなんて想像もしなかった。


 それが今では、エリスの何気ない一言にさえ、ユウナの影が見える。

 自覚はないけど、多分それは自分にも言えることなのだろうと思う。


 何だかそれが、とても嬉しく感じられた。


 ルシエラの笑みの意味には気づかず、エリスは淡々と続ける。


『個人の技能、能力値、適性を把握し、もっとも成果を上げられる部署へ配属する。技能が合わない場合でも、能力値から補助業務や育成方針を割り出す。そうした人員管理は、文明維持において極めて重要な要素でした』


「……合理的ですね」

 ルシエラがぽつりと言う。


『はい。そのため、人員のデータ管理を任されることの多いアンドロイドやガイノイドには、ステータス抽出機能が標準搭載されておりました』


「なるほどねぇ」


 ユウナは感心したように頷く。

 便利すぎて若干腹立たしいが、便利なものは便利だった。


 一方で、メイベルは目を輝かせていた。

「わたくしは、まだ自分のステータスは見たことがありません。少し楽しみです!」


「そうなの?」


 ユウナは少し意外そうに眉を上げる。


「王族なんかだと、そういうのは逐一チェックしてそうだけど」


「チェックはされます」

 メイベルは頷いた。


「ですが、王家や貴族の子弟には、直接その数値が教えられることはありません」


「へえ」


「数値の高低は、たとえ兄弟間であっても諍いや差別の原因になり得ます。才能の有無を数字で示されれば、本人の心も、周囲の扱いも変わってしまいますから」


「……ああ、それはそうか」

 ユウナは納得したように呟いた。


 冒険者の仲間内でも、ステータスについて軽々しく話題にする者は少ない。

 話さずとも、薄々とでも分かってくるものではある。

 共に戦っていれば、冒険者活動をしていれば、相手が速いか、強いか、頑丈か、頭が回るかくらいは見えてくる。


 だが、それを数字で突きつけられるのは別だ。


 明確な差。

 覆しがたい現実。

 才能という名の線引き。


 冒険者ですら、時にそれは苦いものになる。

 ましてや、面子と血筋が命より重いことさえある貴族社会ならば、文字通り死活問題になりかねない。


「ステータスを見せるのは、余程親しい相手にのみ……か」

 ユウナが何気なく呟く。


 その瞬間、ルシエラの顔が赤くなった。

「わ……私は、出会って二日目にはユウナのステータスを見せてもらったんですが……」


「まあ、私のは人に見せて恥ずかしいステータスじゃないからね」

 ユウナは得意げに胸を張った。


 ルシエラは一瞬、ぽかんとした顔でユウナを見る。

 そして次の瞬間、頬を膨らませてユウナの肩をぽかぽかと叩き始めた。


「そういう意味で言ったんじゃありません!」


「じ、冗談だって」


 ユウナは笑いながら肩をすくめる。

「あの時からもう、私の相棒はルシエラしかいないって思ってたから見せたんだって」


 ルシエラの手が止まる。


「……最初からそう言ってください」

 顔を赤くしながら、つんと唇を尖らせてそっぽを向く。


 その様子を見ていたメイベルが、小さく震えた。


「と……尊い……」


『メイベル様』


 エリスがすかさず声をかける。

 危うくどこか遠い世界へ旅立ちかけていたメイベルが、はっと現実へ戻された。


『お二方も、そういうのは二人きりの時にしてください』


「んんっ」

 ユウナが咳払いをする。


「す、すみません」

 ルシエラも耳を赤くしたまま、小さく頭を下げた。


 空気を切り替えるように、ユウナは改めてメイベルを見る。

「でも、自分の数値は知りたいわよね。モチベーションに直結するし、自分の成長の方向も決められる」


 そこで、エリスへ視線を向ける。

「じゃあエリス、メイベルのステータスを出して」


「私は席を外しましょうか?」


 ルシエラがそう言うと、メイベルは慌てて首を横に振った。


「いえ、ルシエラ様も是非」


 真っ直ぐな声だった。


「ルシエラ様もわたくしにとって、とても大事なお人なのです!」


「そ……そうですか。ありがとうございます」

 ルシエラは少し照れたように微笑んだ。


 エリスが一礼する。

『それでは、メイベル様のステータスを開示いたします』


 空中に淡い光が浮かぶ。

 文字列が整然と並び、透明な板のような表示面に数値が刻まれていく。


 種族:人間

 性別:女

 年齢:10歳

 身長:136cm

 体重:3「ダメ、絶対」


 ユウナが即座に遮った。


 表示の一部が、すっと伏せられる。


 B・W・H:「アンタッチャブルよ」


 その項目も消えた。


 器用度:12

 敏捷度:10

 筋力:8

 生命力:9

 知力:16

 精神力:14


 技能レベル:

 ファイター :4Lv※

 ※二足歩行の人型以外にはLv-2


 プリースト/ティダン:4Lv

 セージ:2Lv

 ウォーリーダー:1Lv


 戦闘特技:

 武器習熟/剣A

 魔法拡大/数


 陣率:

 軍師の知略


 一般技能レベル:

 ノーブル:5Lv

 ダンサー:2Lv

 シンガー:2Lv

 ヘラルディスト:1Lv


 ユウナは表示を見て、顎に指を当てた。


「なるほどね。年の割にレベルは高いけどまだ成長期だから、やっぱり体が出来上がってないわね」


「そうなのですね……」


 メイベルは不安そうに表示を見つめる。


 彼女には、今見せられた数値が高いのか低いのかも分からない。

 ただ、自分という存在がこうして数字になることに、戸惑いと緊張を覚えているようだった。


 ユウナはそれに気づき、軽く手を振る。

「そこは焦らなくていいわ。時間に任せるしかない部分よ」


「はい」


「むしろ十歳でこれなら、十分すぎるくらい。問題は、この先どう伸ばすかね」


 ルシエラも表示を見ながら頷いた。

「知力と精神力は高いですね。神官としては良い素質だと思います」


「ええ。そこはさすが貴族と言ったところね。高度な教育を施されてるのもあるけど、本人もしっかりと勉強している証拠よ」


「あ……ありがとうございます!」

 思わぬところで褒められて、背筋が伸びるメイベル。


 そうして一通りの検証が終わると、ユウナは木剣を軽く回し、庭の中央へ向き直った。


「数値は分かった。じゃあ、今後の方針を決めるために、それ以外を見ていくわよ」


「はい!」


 メイベルは表情を引き締めた。


 そこから始まったのは、ユウナによるメイベルの初訓練だった。


―――


 昼の遅い時間から始められ、太陽の光が赤くなり始めるまでの、わずか二時間ほど。


 しかしメイベルにとっては、一日分にも二日分にも感じられる時間だった。


「はあっ、はあっ、はあっ……っ、げほっ!」


 膝が笑っている。

 腕は上がらない。

 呼吸は荒く、汗が額から顎へと落ちる。


 それでも、彼女は木剣を手放さなかった。


 ユウナは、その様子をじっと見ていた。

 数字では見えないものを、ひとつひとつ確かめていた。


 やがて、ユウナは静かに頷く。

「よく分かったわ」


 その声で、ようやく訓練は止まった。

 メイベルは息を切らしながら、どうにか顔を上げる。


「今日の結果を基にして、今後の方針を固めていくわよ」


「は……はい」


 足は震えていた。

 今にも座り込みそうだった。

 それでもメイベルは、木剣を支えにして姿勢を正す。


「ありがとうございました……!」


 声はかすれていたが、はっきりしていた。 

 そして頭を下げる。


「よろしくお願いします!」


 その返事を聞いて、ユウナは頷いた。


 甘やかせば折れる。

 厳しくしすぎれば潰れる。


 その境目を見極める必要がある。


 目の前の小さな王女は、まだ何者にもなっていない。

 だが少なくとも――今日の二時間で逃げ出すほど、柔な覚悟ではなかった。


 ユウナはそれを見て、微かな笑みを浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ