メイベルのステータス
「まずは、メイベルのレベルを測りましょうか」
そう言って、ユウナは木剣を構えた。
木剣の先が静かに向けられる。
メイベルは反射的に背筋を伸ばし、木剣を握り直した。
「型はさっき軽く見たけど、打ち合ってみないと分からないことも多いしね」
「打ち込みの正確さ。踏み込みの強さ。攻撃を避ける動き。受けるのか、逸らすのか。崩された時にどう立て直すのか」
言葉を重ねるほどに、メイベルの表情が真剣になっていく。
「そういうのは、実際に動かしてみないと分からないわ」
ユウナは軽く木剣を振った。
「さあ、メイベル。好きなように打ち込んで――」
『……僭越ながら』
その時、控えていたエリスが静かに口を挟んだ。
『技能レベルや能力値であれば、私がステータスとしてお見せできますが』
空気がピシリと一瞬止まった。
ユウナは構えたまま、ゆっくりとエリスを見る。
「……そう」
それから、どこか乾いた笑みを浮かべた。
「ステータス表示ができるなら、それが一番いいわよね……うん、はは」
声は軽い。
しかし、どことなく寂しげだった。
せっかく師匠らしく弟子の力を見極めようとした矢先に、魔動機文明の便利機能がそれを横からさらっていったのである。
ルシエラは、その微妙な表情に気づいて苦笑した。
「しかし、エリスは本当に何でもありですね」
感心半分、呆れ半分の声だった。
エリスはいつものように、姿勢を正したまま答える。
『魔動機文明時代の人族は、社会の発展に全振りでしたので、適材適所が徹底されておりました』
「身も蓋もないわね」
『事実です』
ルシエラは、そこで少し引っ掛かりを覚えた。
「(全振り?)」
意味は分かる。
言っていることも間違っていない。
だけどエリスらしくはない。
エリスなら、もっと別の言い方をするはずだ。
例えば
――「社会の発展を最優先としておりました」
――「文明維持・発展のため、人的資源の効率的運用を徹底しておりました」
そんな、少し堅苦しくて、妙に理屈っぽい言葉を選びそうなものだ。
それなのに今のエリスは、“全振り”なんて、ずいぶん砕けた言葉を使った。
ルシエラの口元が緩む。
「(ユウナの影響……でしょうね)」
いつもユウナのそばにいるうちに感化され、エリスの言葉遣いにも少しずつ変化が現れ始めたのだろう。
そう考えると、何だかおかしかった。
あの無機質で、何事にも動じないエリスが。
少しずつ、ユウナに似てきている。
それはほんの些細な変化だった。
けれど確実な変化。
エリスがこの屋敷で過ごす時間を重ねるにつれて、少しずつ変わっていく。
「……ふふっ」
声に出して笑ってしまう。
『ルシエラ様?』
「いえ、何でもありません」
ルシエラは首を横に振る。
笑みを隠しながら、目の前の二人を眺めた。
ユウナとエリス。
出会った頃には、こんな光景になるなんて想像もしなかった。
それが今では、エリスの何気ない一言にさえ、ユウナの影が見える。
自覚はないけど、多分それは自分にも言えることなのだろうと思う。
何だかそれが、とても嬉しく感じられた。
ルシエラの笑みの意味には気づかず、エリスは淡々と続ける。
『個人の技能、能力値、適性を把握し、もっとも成果を上げられる部署へ配属する。技能が合わない場合でも、能力値から補助業務や育成方針を割り出す。そうした人員管理は、文明維持において極めて重要な要素でした』
「……合理的ですね」
ルシエラがぽつりと言う。
『はい。そのため、人員のデータ管理を任されることの多いアンドロイドやガイノイドには、ステータス抽出機能が標準搭載されておりました』
「なるほどねぇ」
ユウナは感心したように頷く。
便利すぎて若干腹立たしいが、便利なものは便利だった。
一方で、メイベルは目を輝かせていた。
「わたくしは、まだ自分のステータスは見たことがありません。少し楽しみです!」
「そうなの?」
ユウナは少し意外そうに眉を上げる。
「王族なんかだと、そういうのは逐一チェックしてそうだけど」
「チェックはされます」
メイベルは頷いた。
「ですが、王家や貴族の子弟には、直接その数値が教えられることはありません」
「へえ」
「数値の高低は、たとえ兄弟間であっても諍いや差別の原因になり得ます。才能の有無を数字で示されれば、本人の心も、周囲の扱いも変わってしまいますから」
「……ああ、それはそうか」
ユウナは納得したように呟いた。
冒険者の仲間内でも、ステータスについて軽々しく話題にする者は少ない。
話さずとも、薄々とでも分かってくるものではある。
共に戦っていれば、冒険者活動をしていれば、相手が速いか、強いか、頑丈か、頭が回るかくらいは見えてくる。
だが、それを数字で突きつけられるのは別だ。
明確な差。
覆しがたい現実。
才能という名の線引き。
冒険者ですら、時にそれは苦いものになる。
ましてや、面子と血筋が命より重いことさえある貴族社会ならば、文字通り死活問題になりかねない。
「ステータスを見せるのは、余程親しい相手にのみ……か」
ユウナが何気なく呟く。
その瞬間、ルシエラの顔が赤くなった。
「わ……私は、出会って二日目にはユウナのステータスを見せてもらったんですが……」
「まあ、私のは人に見せて恥ずかしいステータスじゃないからね」
ユウナは得意げに胸を張った。
ルシエラは一瞬、ぽかんとした顔でユウナを見る。
そして次の瞬間、頬を膨らませてユウナの肩をぽかぽかと叩き始めた。
「そういう意味で言ったんじゃありません!」
「じ、冗談だって」
ユウナは笑いながら肩をすくめる。
「あの時からもう、私の相棒はルシエラしかいないって思ってたから見せたんだって」
ルシエラの手が止まる。
「……最初からそう言ってください」
顔を赤くしながら、つんと唇を尖らせてそっぽを向く。
その様子を見ていたメイベルが、小さく震えた。
「と……尊い……」
『メイベル様』
エリスがすかさず声をかける。
危うくどこか遠い世界へ旅立ちかけていたメイベルが、はっと現実へ戻された。
『お二方も、そういうのは二人きりの時にしてください』
「んんっ」
ユウナが咳払いをする。
「す、すみません」
ルシエラも耳を赤くしたまま、小さく頭を下げた。
空気を切り替えるように、ユウナは改めてメイベルを見る。
「でも、自分の数値は知りたいわよね。モチベーションに直結するし、自分の成長の方向も決められる」
そこで、エリスへ視線を向ける。
「じゃあエリス、メイベルのステータスを出して」
「私は席を外しましょうか?」
ルシエラがそう言うと、メイベルは慌てて首を横に振った。
「いえ、ルシエラ様も是非」
真っ直ぐな声だった。
「ルシエラ様もわたくしにとって、とても大事なお人なのです!」
「そ……そうですか。ありがとうございます」
ルシエラは少し照れたように微笑んだ。
エリスが一礼する。
『それでは、メイベル様のステータスを開示いたします』
空中に淡い光が浮かぶ。
文字列が整然と並び、透明な板のような表示面に数値が刻まれていく。
種族:人間
性別:女
年齢:10歳
身長:136cm
体重:3「ダメ、絶対」
ユウナが即座に遮った。
表示の一部が、すっと伏せられる。
B・W・H:「アンタッチャブルよ」
その項目も消えた。
器用度:12
敏捷度:10
筋力:8
生命力:9
知力:16
精神力:14
技能レベル:
ファイター :4Lv※
※二足歩行の人型以外にはLv-2
プリースト/ティダン:4Lv
セージ:2Lv
ウォーリーダー:1Lv
戦闘特技:
武器習熟/剣A
魔法拡大/数
陣率:
軍師の知略
一般技能レベル:
ノーブル:5Lv
ダンサー:2Lv
シンガー:2Lv
ヘラルディスト:1Lv
ユウナは表示を見て、顎に指を当てた。
「なるほどね。年の割にレベルは高いけどまだ成長期だから、やっぱり体が出来上がってないわね」
「そうなのですね……」
メイベルは不安そうに表示を見つめる。
彼女には、今見せられた数値が高いのか低いのかも分からない。
ただ、自分という存在がこうして数字になることに、戸惑いと緊張を覚えているようだった。
ユウナはそれに気づき、軽く手を振る。
「そこは焦らなくていいわ。時間に任せるしかない部分よ」
「はい」
「むしろ十歳でこれなら、十分すぎるくらい。問題は、この先どう伸ばすかね」
ルシエラも表示を見ながら頷いた。
「知力と精神力は高いですね。神官としては良い素質だと思います」
「ええ。そこはさすが貴族と言ったところね。高度な教育を施されてるのもあるけど、本人もしっかりと勉強している証拠よ」
「あ……ありがとうございます!」
思わぬところで褒められて、背筋が伸びるメイベル。
そうして一通りの検証が終わると、ユウナは木剣を軽く回し、庭の中央へ向き直った。
「数値は分かった。じゃあ、今後の方針を決めるために、それ以外を見ていくわよ」
「はい!」
メイベルは表情を引き締めた。
そこから始まったのは、ユウナによるメイベルの初訓練だった。
―――
昼の遅い時間から始められ、太陽の光が赤くなり始めるまでの、わずか二時間ほど。
しかしメイベルにとっては、一日分にも二日分にも感じられる時間だった。
「はあっ、はあっ、はあっ……っ、げほっ!」
膝が笑っている。
腕は上がらない。
呼吸は荒く、汗が額から顎へと落ちる。
それでも、彼女は木剣を手放さなかった。
ユウナは、その様子をじっと見ていた。
数字では見えないものを、ひとつひとつ確かめていた。
やがて、ユウナは静かに頷く。
「よく分かったわ」
その声で、ようやく訓練は止まった。
メイベルは息を切らしながら、どうにか顔を上げる。
「今日の結果を基にして、今後の方針を固めていくわよ」
「は……はい」
足は震えていた。
今にも座り込みそうだった。
それでもメイベルは、木剣を支えにして姿勢を正す。
「ありがとうございました……!」
声はかすれていたが、はっきりしていた。
そして頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
その返事を聞いて、ユウナは頷いた。
甘やかせば折れる。
厳しくしすぎれば潰れる。
その境目を見極める必要がある。
目の前の小さな王女は、まだ何者にもなっていない。
だが少なくとも――今日の二時間で逃げ出すほど、柔な覚悟ではなかった。
ユウナはそれを見て、微かな笑みを浮かべた。




