閉ざされた門の向こうで
屋敷に戻り、夕食を終えて静かな時間が流れていたとき、エリスが静かに口を開いた。
『ユウナ様』
「何?」
『屋敷の門の前に、人影が立っています』
「……っ! 十歳くらいの、女の子ですか!?」
ユウナが答えるより早く、ルシエラが身を乗り出すようにして聞いた。
『はい。数分前から立っておいでですが、呼び鈴を鳴らす様子もなく、ただじっとその場に留まっておられます』
「……そう。帰るように声はかけて、あとは放っておきなさい。万が一塀を乗り越えようとしたら警告して――」
「ユウナ!」
ルシエラの鋭い声が、冷徹な言葉を遮った。
ユウナは小さく息を吐き、ソファに深く背を預けた。
「言ったでしょう? 私たちが関わるのは、あの子のためにならないのよ」
「それは……でも、あの子はたった一人で……!」
その先が続かない。
感情が先走って、言葉が追い付かない。
「……まあ、この屋敷の前で何か仕掛けようなんて不埒者は、もうそうそういないと思うけど」
それからエリスへ視線を向ける。
「エリス。声をかけたあとも居続けるようなら、一応監視の目を一つ向けておいて。もし、ならず者なんかがその子に接触するようなら警告を出しなさい」
『……かしこまりました』
「じゃあ、私はお風呂に入るわね。ルシエラも一緒に入る?」
「……入りません」
「……そ。じゃあね」
ユウナはひらひらと手を振り、軽い足取りでリビングを出て行った。
―――
時間だけが過ぎていく。
夜半を越え、気温はさらに下がり、静けさはいっそう深くなる。
しかし、メイベルは門の前から動かなかった。
「エリス、門を開けてください」
我慢の限界に達したルシエラが、玄関へ向かおうとする。
だが、その背中に冷ややかな声が突き刺さった。
「ダメよ」
ソファに座り、本から目を上げることなく一言で却下した。
「ユウナ! なぜですか!? もう深夜ですよ、あの子が倒れたらどうするんです!」
「何度も言わせないで。これがあの子のためなの。あなたの自己満足で、あの子を不幸にするつもり?」
「……確かに、ユウナの言うことは正しいかもしれない。あなたはいつも冷静で、判断も的確で……でも!」
「ルシエラ!!」
ユウナが初めて声を荒らげ、ルシエラを真っ向から見据えた。
「情に流されてはダメ。最善の選択というものは、時に冷酷に見えるものよ」
その言葉にルシエラは答えず、ゆっくりとリビングを出て行った。
―――
そのまま夜が過ぎ、太陽の光がうっすらと辺りに感じられるようになった頃。
寝室からユウナがリビングへ出てきた。
まるで乱れていない髪と服。
眠っていなかったのは明らかだった。
「……どう?」
ユウナが尋ねると、エリスが淡々と状況を報告した。
『少女はずっと、門の前に立っておいでです。……それから、ルシエラ様も庭の門の前で、夜通し立っておいでです』
「……本当に困った子ね」
ユウナは苦笑いを浮かべ、庭で立ち尽くすルシエラのもとへ向かった。
「ルシエラ……」
「……」
ルシエラは無言のまま、隣に立ったユウナに目も向けずに、ただ真っすぐに門だけを見据えている。
その瞳には、一歩も引かぬ決意が宿っている。
今も門の向こうにいるはずの少女を、ここで切り捨てるわけにはいかない。
しかし、ユウナの言葉に逆らって門を開けることもしない。
だから、そこに立っていた。
ユウナはしばらくその姿を見つめ、それからふっと表情を緩めた。
「……よく耐えたわね」
ユウナは優しく、ルシエラの頭をくしゃりと撫でた。
「……え?」
「エリス、門を開けて」
重厚な門が、ゆっくりと左右に開かれる。
その向こう。
朝靄の中に、メイベルは立っていた。
頬は冷え、唇の色も薄い。
しかし、その姿勢は少しも崩れていない。
門が開いてもなお、彼女は動かず、表情を変えず、ただユウナを見つめ続けていた。
「お姫様の道楽じゃないことは、よくわかったわ」
ユウナはそう言いながら、右手を差し出した。
「……っ! よろしくお願いします!」
メイベルは、冷え切った、けれど熱い意志の宿った手で、その手を硬く、硬く握りしめた。
その光景を、背後でルシエラが涙を浮かべながら、眩しそうに見守っていた。




