不和
「いいんですか?」
帰り道、ルシエラが少しだけ抗議するように、前を歩くユウナに問いかけた。
「いいのよ」
短い返事。
ユウナは一度も振り返ろうとしない。
「あの子……メイベル様、一人で来たって言いました。ユウナが『用があるならそっちから来い』なんて言ったから」
「ギルド長ってば、本当にその通りに返してたなんてね。あはは」
「笑い事じゃないです! 王様に止められたからお城を抜け出して、厳しい寒さの中、危険な道をたった一人で歩いてきたんですよ……」
「バカな話よね」
「そうじゃないです。それだけ、あの子の思いが本物だったっていうことです」
「ルシエラ」
不意に、ユウナが足を止めた。
ゆっくりと、射抜くような鋭い視線をルシエラへと向ける。
「思いが本物なら、何とかなるの?」
突き放すような冷徹な響き。
「少し強くなったら、世の中が思い通りに動くとでも思っているの?」
「………………っ」
その答えは、ルシエラが一番よく知っていた。
「だいたい、発言力を得るほど強くなるって……あなた、今の強さになるまで何年かかった?」
ルシエラは答えない。
いや、答えられなかった。
それは問いかけの形をしていても、すでに答えの決まっている問いだったからだ。
「私は十年かかったわ」
十年。
ユウナほどの強さをその期間で手に入れること自体、天文学的な確率の奇跡だ。
普通の人間なら何十年、一生を捧げてもその足元にさえ及ばない。
「わかった?」
「………………」
「あの子は王族なの。両親にも愛されている。それなのにナイトメアなんかに剣を習ったなんて知れたら、両親の不興を買って居場所を失うわ」
ユウナは、まるで見てきたことのように言う。
いや、きっと見てきたのだ。
形は違っても、そういう世界を。
「バカな真似をしなければ、あの子は何不自由のない幸せな生活が送れるの。何もしない、関わらない……それが、あの子のためなのよ」
言い捨てるようにして、ユウナは再び足早に歩き出した。
夕闇が迫る街路で、ルシエラはその背中をじっと見つめ、動けずにいた。
「……そうかもしれない。理屈では、そうかもしれないけれど」
ルシエラは小さく呟いた。
それが正しいのかもしれない。
ユウナの言葉は、理屈としては間違っていない。
少女が一人で踏み込むには、現実はあまりにも重い。
剣を持ったからといって変わるものではない。
正義感だけで壊せるほど、差別も権力も甘くはない。
「……でも、今のユウナは、ユウナらしくない」
ユウナは見捨てないはずだ。
たとえどれほど無謀で、手の届かない理想だったとしても、目の前で必死に手を伸ばす者を切り捨てられる人ではないはずだった。
あの日、魔域の中で絶望の底にいた自分へ、手を差し伸べたように。
あの日、三百年の孤独に沈んでいたエリスへ、扉の外を示したように。
本当に終わらせるべきものなら、ユウナは終わらせる。
しかし、まだ歩ける者には、歩く道を照らす。
それが、ルシエラの知るユウナだった。
だが今のユウナは、違う。
正論で壁を作っている。現実という名の刃を突きつけている。
遠ざかっていく相棒の背中が、今はいつになく孤独で、頑なに見えた。




