初対面
乗り込んできた巡回兵は三人だった。
だが、彼らが現場へ駆けつけた瞬間、最初に取った行動は、チンピラを怒鳴りつけることでも、少女を庇うことでもなかった。
三人はユウナの姿を認めるなり、ぴしりと音を立てて敬礼した。
その動きには迷いがない。
驚きも、疑念も、余計な警戒もなかった。
一人はすぐさまユウナのもとへ駆け寄り、簡潔に事情を確認する。
もう一人は周囲の目撃者たちから証言を集めるため、人垣のほうへ走った。
そして最後の一人は、地面で呻いているチンピラたちを手際よく拘束していく。
対応は、驚くほど早かった。
「状況を確認します」
兵の問いに、ユウナは簡潔に答える。
「そこのおばあさんを突き飛ばして笑っていた男たちを、この子が咎めた。逆上した男たちが刃物を抜いたから、私たちが止めた。それだけよ」
「承知しました」
兵は余計なことを聞かなかった。
ほどなくして、周囲の証言も集まる。
誰の話も、おおむねユウナの説明と一致していた。
老婆を突き飛ばしたこと。
少女が抗議したこと。
男たちが先に刃物を抜いたこと。
ユウナとルシエラが割って入り、制圧したこと。
事情聴取は、ものの数分で終わった。
この街、ヴァルクレアでは、ユウナとルシエラがどのような存在であるか、すでに周知の事実だった。
だからこそ、余計な疑いも、無駄な詮索も必要ない。
兵たちは即座に結論を下す。
「連れて行け」
縄をかけられたチンピラたちは、情けない声を上げながら引き立てられていった。
「お、俺たちは悪くねえ!」
「この女が先に――」
「黙って歩け」
短く制され、男たちの言い訳は通りのざわめきに呑まれて消えた。
やがて巡回兵たちが現場を去ると――
一拍置いて、商業区の通りに歓声が湧き上がった。
「やったぜ!」
「チンピラざまあ!」
「ユウ×ルシ、今日も尊い……!」
最後の一言に、ルシエラの肩がぴくりと跳ねる。
ユウナは少しだけ肩をすくめた。
そして慣れた手つきで、ひらひらと手を振って応える。
大げさ過ぎず。
けれど、突き放し過ぎもしない。
この街での自分の立場を知り、その期待を受け止めることにも、もう慣れている者の自然な振る舞いだった。
その隣で、ルシエラは倒れていた老婆を優しく支えて立ち上がらせていた。
地面に落ちた手荷物を拾い上げ、ひとつひとつを確かめながら手渡していく。
「お怪我はありませんか?」
「あ、ああ……ありがとうねえ。本当に、ありがとう」
「念のため、家までは巡回兵の方に送ってもらってください」
ルシエラの声は穏やかだった。
戦闘の時とはまるで違う、柔らかな響き。
老婆は何度も頭を下げ、やがて巡回兵に付き添われながら、人混みの向こうへ消えていった。
一方で、少女だけはぽかんとしたまま、その一部始終を見つめていた。
目の前で起きた理不尽な暴力の鎮圧。
巡回兵たちの、迷いのない敬意。
市民たちの、隠そうともしない熱狂。
そのすべてが、幼い彼女の理解を少しずつ追い越していくようだった。
少女は何度も瞬きをし、それから呆然とユウナを見る。
その顔には、先ほどまで大男四人を相手に啖呵を切っていた凛々しさとはまるで違う、年相応の驚きが浮かんでいた。
その時、歓声の中からひときわ大きな声が響いた。
「さすがユウナだ!」
瞬間。
少女の瞳が、はっと見開かれる。
まるで信じられないものを見つけたかのような顔で、彼女はまじまじとユウナを見つめた。
「あ、あなたが……ユウナ様なのですか!?」
場の空気が、わずかに揺れた。
ユウナは振っていた手を止め、ゆっくりと少女へ視線を向ける。
「……“様”はやめなさい。そんな柄じゃないわよ」
そう言いながらも、その目は鋭く細められていた。
この反応。
ただ助けられて驚いただけではない。
最初からその名を知り、探していたであろう響きが、少女の言葉にはあった。
ルシエラもまた、老婆を見送っていた姿勢のまま静かに振り返る。
その視線には、警戒が九割、興味が一割。
少女は胸の前でぎゅっと手を握りしめた。
頬は朱に染まり、目は宝石のようにきらきらと輝いている。
先ほどまでの毅然とした姿とはまるで違う。
憧れの相手を目の前にした子供そのものの顔だった。
「わ、わたくしは……!」
勢い込んで名乗ろうとして声が裏返る、少女はそこで一度息を呑んだ。
緊張しているのか。
あるいは興奮しているのか。
感情がうまく整理できていないらしい。
ユウナはそんな様子を見て、小さく吐息を漏らす。
「……とりあえず、落ち着きなさい」
声はやや呆れ気味だったが、先ほどまでチンピラに向けていた棘はもうない。
「さっきまで大男四人を相手に啖呵を切っていたくせに、今さらそんな顔をしないの」
「う……っ」
少女は一瞬言葉に詰まる。
それから図星を突かれたように、こほんと小さく咳払いをした。
その様子に、ルシエラの口元がほんのわずかに和らぐ。
通りには、まだ騒ぎの余韻が残っていた。
だが、事件そのものはすでに幕を閉じている。
チンピラたちは連行された。
老婆は大きな怪我もなく、巡回兵に付き添われて帰っていった。
観衆もまた、口々に感想を交わしながら、少しずつ日常へ戻っていく。
そして、その場に残ったのは――
どうやら最初からユウナのことを知っていたらしい、その少女だけだった。




