圧倒的な制圧劇
その一言は、張り詰めた空気のただ中へ、波紋のように静かに広がった。
ユウナが声をかけた瞬間、遠巻きに見守っていた群衆が、示し合わせたように左右へ割れる。
彼女はそこを、まるで散歩の続きでもしているかのような悠然とした足取りで進み、争いの中心へと割って入った。
「こんな小さな女の子相手に、男四人で凄んでいるだけでも十分みっともないのに」
そこでわざと一拍置いて、ユウナは男たちを見回す。
「ほっぺた叩かれて半べそになりながら、ナイフまで抜くなんて。一体どれだけ情けないのよ」
追い打ちのように放たれたその言葉に、チンピラたちの顔が怒りで引き攣った。
ユウナは気にも留めず、足元に倒れた老婆へちらりと視線を向ける。
「今すぐこのおばあさんに土下座して謝れば、体面はぎりぎり地面に落ちたくらいで済むわよ。
これ以上醜態晒して地の底までめり込む前に、さっさと帰りなさい」
背後で、ルシエラが小さく息をつく。
「……ユウナ、仲裁する気、まったくありませんよね?」
「何言ってるの?」
ユウナは肩越しに、いかにも心外そうに言った。
「怪我をしないうちに穏便に済ませてあげようっていう、この温かな心遣い。私も丸くなったものよね」
「こ……この……穢れ持ちがぁ!!」
男がそう叫んだ瞬間、周囲の空気が明らかに変わった。
ざわめきが止む。
代わりに生まれたのは、肌に刺さるような怒気だった。
ヴァルクレアの人々は、自分たちの街の英雄が何者であるかを知っている。
ユウナがナイトメアであることも。
この街を何度も守ってきたことも。
だからこそ、その暴言は男が思っている以上に、周囲の神経を逆撫でした。
だが、頭に血の上った男はそんなことに気づきもしない。
逆上したまま、ナイフを閃かせ、そのままユウナの喉元へ突き出した。
「ほい」
気の抜けるような声だった。
ユウナは避ける素振りすら見せず、突き出された刃を人差し指と中指、その二本だけで挟んで止めた。
「!? な、なんだと……っ!」
男の顔が驚愕に染まる。
慌ててナイフを引き抜こうとする。
だが、刃は微塵も動かなかった。
まるで万力にでも噛み込まれたかのように、ぴたりと止まっている。
「ぬ、ぬぐ……ぐががががが……っ!」
男は両手を添え、顔を真っ赤にして渾身の力で引っ張る。
腕に筋が浮き、肩が震え、息が荒くなる。
それでも、ユウナの指先は少しも揺らがない。
「ほら、がんばれー。もうちょっとよー」
あくびでもしそうな声色だった。
そのあまりの余裕に、男の顔から怒りが引き、代わりに別の色が滲み始める。
恐怖だ。
「お、おい! お前ら、何してやがる! 早くこいつを――」
その声に反応した残りの三人が、一斉にユウナへ飛びかかろうとした、その瞬間だった。
ルシエラが動く。
その速さは、誰の目にも見えなかった。
「ぎっ!?」
「いづっ!!」
「ぐああっ!!」
短い悲鳴が、三つ重なった。
次の瞬間には、三人の手からナイフが弾かれ、石畳の上へ甲高い音を立てて転がっている。
ルシエラの手刀が、三人の手の甲、そのまったく同じ位置を寸分違わず打ち抜いていたのだ。
あまりにも正確で、あまりにも速い一撃だった。
それと同時にリーダー格の男の視界が大きく揺れる。
ユウナが手首を軽く返したからだ。
ただそれだけの動きで、ナイフを支点に、男の身体が独楽のように振り回された。
握力が限界を超え、ナイフから手が離れる。
支えを失った巨体は、そのまま勢いよく数メートル先まで転がっていった。
石畳に打ちつけられ、鈍い音を立てる。
ユウナは指先に残った感触を払うように、軽く手を振った。
それから、奪ったナイフをまるで道端のゴミでも捨てるかのような無造作さで放る。
――シュコッ!
空気を裂く鋭い音。
「ぎゃああああああ!!」
絶叫が響き渡った。
地面に這いつくばっていた男の手。
その甲に、放られたナイフが深々と突き刺さっていた。
しかもそこは、先ほどルシエラが三人を打った位置と、寸分違わぬ場所だった。
偶然で済ませられる精度ではない。
その場にいた誰もが、一瞬言葉を失った。
騒然とする空気を切り裂いたのは、重い靴音だった。
「静かにしろ! 何事だ!」
巡回兵たちが、怒声とともに現場へなだれ込んできた。




