お姉さん
それから、一カ月後。
リリアの工房の改装が完了し、エリスを伴ったリリアが、再びユウナたちの屋敷を訪れた。
「ありがとうございました~!」
玄関先で、リリアはいつもの調子でぺこりと頭を下げる。
「わざわざ私たちにまでお礼を言いに来なくてもいいのに」
ユウナが苦笑混じりに迎えると、リリアは少し申し訳なさそうに頭をかいた。
「いや~、色々作ってもらっていたら、予定より大幅に長くなっちゃいましたから~。ご迷惑をおかけしたお詫びと、ご挨拶はしておかないとなと思いまして~」
「律儀ね」
ユウナは肩をすくめる。
「別に迷惑なんて掛かってないけど、挨拶は受け取っておくわ。
それで、結局どんなものを作ってたの?」
その問いに、エリスが一礼して答える。
いつもの淡々とした声。
けれど、その奥にはどこか誇らしげな響きがある。
『そうですね。例えば……床を自律徘徊し、微細な塵を吸引し続ける自動掃除機』
「じどうそうじき」
『大量の水を必要とするバスユニットの代わりに、少量の水で高温の蒸気を発生させ、身体の汚れを浮かし、代謝を促すスチームサウナ』
「す、すちーむ……」
『水流の回転を利用して、衣類を半自動で洗浄する洗濯機』
「せんたくき……」
『これらを、リリア様の工房の仕様に合わせて構築いたしました』
「……何それ」
ユウナの目が、分かりやすく輝いた。
「うちも欲しいんだけど」
『掃除も洗濯も、私が一手に引き受けておりますので不要と判断いたしましたが……ご希望とあらば、明日からでも作成に着手いたします』
「でも、それがあればエリスだって楽になるんじゃないの?」
ユウナの問いに、エリスは少しだけ考えるような間を置いた。
『それらの魔動機は確かに便利ですが、どうしても細部までは行き届きません』
そして、淡々と言い切る。
『私が行った方が、早くて正確です』
「わたしも、全部魔動機任せにしないで、たまには細かいところは自分でやれって注意されちゃいました~」
リリアが苦笑混じりに付け加える。
その顔は困ったようでいて、どこか嬉しそうでもあった。
―――
「それでは、エリスさんを確かに送り届けました~」
リリアがそう宣言すると、ユウナとルシエラは自然に一歩前へ出た。
「はい、おかえり。エリス、お疲れ様」
「おかえりなさい、エリス。寂しかったですよ」
『――はい』
エリスは二人の言葉を飲み込むように目を伏せる。
そして、深く一礼した。
『ただいま帰還いたしました』
その口元に、微かではあるが、はっきりとした幸福な笑みが浮かぶ。
おかえり。
ただいま。
そのやり取りが、もう特別な儀式ではなく、自然な日常になりつつある。
そのことが嬉しかった。
「あ、そうだ~」
そこで、リリアが何かを思い出したように声を上げた。
「ユウナさん、ユウナさん」
とてとてと、軽い歩調でユウナに近づく。
「な……何よ?」
イヤな予感を覚え、わずかに身構えるユウナ。
リリアは、満面の笑みを浮かべていた。
――この笑顔。
過去、リリアのこの顔からまともな言葉が出てきた試しがない。
「……何ですか、その顔」
ルシエラまで半歩引く。
「ふふふ~」
リリアはによによと笑ったまま、小さく頷く。
「ちょこっとだけ、お姉さんからアドバイスです~」
「お、お姉さん……?」
そして、心底楽しそうに言い放った。
「二人きりで“仲良く”したい時、エリスさんに気を遣わせなくてもいいように、寝室はある程度離した方がいいと思いますよ~」
「「!?!?」」
ユウナとルシエラが、同時に硬直した。
次の瞬間、ユウナの顔が一気に赤くなる。
「んなっ……!? 何言ってんのよ、リリア!」
「あはは~。それじゃあ、また工房にも遊びに来てくださいね~!」
リリアは、ひらひらと軽やかに手を振る。
言うだけ言って、さっさと踵を返した。
去り際、一瞬だけエリスと目が合う。
リリアは、びしっ、と親指を立ててウィンクを送った。
「こらリリア! 好きなことばっかり言って! 待ちなさい!」
笑いながら小走りで去っていく背中へ、ユウナが叫ぶ。
ルシエラに至っては、完全に処理能力を超えたのか、顔を真っ赤にしたまま「あぅ……あ、あ……」と頭を抱えてその場でぐるぐるしていた。
『…………』
エリスは、無言でその様子を見守っていた。
夜間の待機場所を、二人の寝室から離したいという提言。
それをエリス自身の口から言えば、二人にはきっと気まずさを与えてしまう。
必要なことだと分かっていても、どこか互いにぎこちなくなってしまうかもしれない。
だから、リリアが引き受けてくれたのだ。
後を引かないように。
最大限に明るく。
冗談めかして。
しかし、二人の平穏を守るために、必要なことはきちんと伝える形で。
一カ月前のあの日、エリスが相談した時に、ひとしきりの爆笑の後「心配しなくても大丈夫ですよ~」と言う答えが返ってきた。
あれは、こう言うことだったのだ
リリアは、一同が抱えるはずだった“気まずさ”という負担を、すべて笑い飛ばして持っていってくれた。
『……流石は“お姉さん”ですね』
誰にも聞こえないほど小さな声で呟き、エリスは遠ざかるリリアの背中へ向けて、深々と頭を下げた。




