さらりと渡される超技術
朝食を終え、早朝から朝と呼べる時間へと変わった頃。
屋敷の玄関では、ユウナとルシエラが、帰宅するリリアと、それに同行するエリスを見送っていた。
「ごちそうさまでした~!」
リリアが満足げに、ぺこりと頭を下げる。
『では、行ってまいります』
エリスもまた、凛とした所作で深く一礼した。
これからしばらくの間、彼女はリリアの工房に泊まり込み、改装と設備の設置作業に入る。
泊まり込み――という表現でいいのかは、少し怪しい。
なにせ本人曰く、
『私は睡眠も休息も必要ありませんので、昼夜問わず作業を続行いたします』
とのことだった。
人族の常識を軽々と飛び越えた、超人的な――あるいは、機械的な作業計画である。
広大な屋敷の改装を、わずか数ヶ月で完遂できた理由が、今さらながらよく分かった。
ユウナはそっとリリアへ歩み寄り、小声で耳打ちする。
「夜中も休まず働き続けるから、見てると無理させてるみたいで気が引けるけど……」
少しだけ困ったように笑う。
「本人は設計や作業が楽しくて仕方ないみたいだから。あまり止め過ぎずに見守ってあげてね」
「そうなんですか~。わかりました~」
リリアも小声で頷く。
「お夜食……とかはいらないんでしたね~。変に気を遣わないようにします~」
『あ、ユウナ様。出発前に、これを』
エリスが小さな箱を差し出した。
ユウナはそれを受け取って首を傾げる。
「これは何?」
『携帯型の通信機です』
「つうしんき」
『離れた場所にいる相手へ、声を届ける魔動機です』
エリスは箱を開け、中から掌に収まる程度の小さな装置を取り出した。
『一点分の魔晶石を装填すれば、約十分間の通話が可能です。最大五点分まで魔力をチャージできるよう設計いたしました』
視線をルシエラとリリアにも巡らせ、
『ルシエラ様とリリア様の分もございます』
「う、うん……」
ユウナは装置を手に取り、まじまじと見つめる。
「すごいわね。本当に何でも作っちゃうのね」
『基本機能は屋敷の通信端末を小型化したものです。構造自体は比較的単純です』
「比較的、ね……」
その“比較的”が、ユウナにはまったく信用できなかった。
エリスは手際よく操作方法を説明していく。
全員での同時通話。
特定の相手との個別通信。
魔晶石の装填方法。
魔力残量の確認。
緊急時に優先接続する手順。
一通りの説明を聞き終えたところで、ルシエラがしみじみと呟いた。
「……ギルド長から預かった〈通話のピアス〉が、なんだかおもちゃに思えてきました」
『いえ、あれはあれで、とても優れた魔道具です』
エリスは即座に訂正した。
『秘匿性が極めて高く、あのサイズで距離が無制限。かつ、当時の“魔波管理法”に抵触せずに運用できる器具として、非常に需要が高かったモデルですから』
「法……?」
ルシエラが首を傾げる。
『はい。通信機による魔力の空中伝播および帯域の占有に関する法的規制が――』
そこから、エリスによる専門的な説明が始まった。
魔波。
帯域。
混信。
通信権限。
軍用周波数。
民間開放帯。
聞き慣れない単語が次々に飛び出す。
ユウナはしばらく真面目に聞こうとしていたが、途中で脳が考えることを拒否した。
「まあ……問題ないなら問題ないんだから、問題ないわね!」
難解な解説を処理しきれなかった結果、ユウナの言い回しも迷子になった。
「ユウナ、完全に理解を放棄しましたね」
「違うわ。大局的判断よ」
「そういうことにしておきます」
『ご許可と、追加の作業時間、そして予算をいただければ、遠方の映像を投影してやり取りする魔動機も作成可能ですが……』
「え……っと」
「……あはは、夢がありますね~」
一同は、それ以上考えることをやめた。
未来の技術を浴びすぎると、冒険者としての常識が崩壊しかねない。
便利すぎるものは、時として理解するだけで疲れるのだ。
―――
「それではまた~!」
リリアが明るく手を振る。
「またね。じゃあエリス、お願いね」
『かしこまりました』
エリスが深く一礼する。
そして今度こそ、リリアとエリスの二人は屋敷を後にした。




