皆のイチオシ
「ぷんぷん!」
「………………」
約三十分後。
ようやく目を覚ましたユウナは、寝癖もそのままに、リリアと並んで食卓についていた。
リリアは頬を膨らませ、全身で抗議の意思を示している。
その前では、ルシエラがこれ以上ないほど神妙な顔で朝食の皿を並べていた。
ただしその表情には、どこか“やり遂げた”者の静かな充足感があった。
「ぷんぷんぷん!」
『あの……あ、あ……コーヒー、淹れました。どうぞ……です』
エリスが、おろおろと視線を泳がせながらカップを差し出す。
その手は、ほんのわずかに震えていた。
「ぷんぷんぷんぷん!」
「ご、ごめんね……?」
ユウナは恐る恐るリリアの顔を覗き込む。
「私、気を張ってないとああなっちゃうのよ。悪気はなかったの。本当よ?」
「ぷんぷんぷ……ぷふっ……」
ついに限界だった。
リリアは堪えきれず、肩を震わせる。
「ふふふ……あはははは!」
怒ったフリはそこで崩れた。
「もう、大丈夫ですよ~。最初から本気で怒ってなんていませんから~」
「あら、そうなの?」
『……よかったです』
ユウナとエリスが、心底ほっとした顔をする。
その二人に、ルシエラが冷静な声で突っ込んだ。
「……あんなにわざとらしい怒り方に騙されないでください」
「あ、でも」
リリアはにこりと笑いながら、ルシエラへ視線を向ける。
「ルシエラさんには、少しだけ怒ってますからね~?」
「ええっ!?」
ルシエラの肩が跳ねた。
元凶はユウナの寝相である。
しかし、眠っている間の無意識の行動を責めるのは酷というもの。
エリスも、独断であのような悪戯を仕掛けるはずがない。
つまり。
リリアをユウナの隣に配置するという、あの“完璧な布陣”を敷いた犯人は、ルシエラ以外にありえなかった。
「……その、結果的には、丸く収まったかなと」
「収まってませんよ~?」
「……はい」
ルシエラは素直に小さくなった。
―――
「しかし、魔動機文明というのは、しみじみと凄いものですね~」
エリス特製の朝食を味わいながら、リリアが感嘆の息を漏らした。
照明。
空調。
風呂。
キッチン。
この屋敷に詰め込まれた技術は、どれも現代の常識から大きく外れている。
「あまりに便利すぎて、旅に出た時、不便さを痛感してしまいそうですね~」
「それは、確かにあり得そうですね」
ルシエラも苦笑しながら同意する。
「空調も最高ですし、お風呂も至福ですけど……」
リリアはしみじみとカップを置いた。
「何と言っても、“トイレ”が革命的ですね~」
その言葉に、ユウナとルシエラが力強く頷いた。
「そうね。私も全部気に入ったけど、あえて一番を選ぶならトイレだわ」
「私も同意見です」
水洗トイレ。
使用後に水で流すだけで、常に清潔。
匂いもこもらない。
後始末の手間も少ない。
それは、生活というものの質を根本から変える革命だった。
『敷地の隅に、地下浄化槽を設置してあります』
エリスが淡々と解説を加える。
『排泄物を含む生活排水は一旦すべてそこへ集積。複数の魔動ユニットによって濾過と分解を繰り返し、無害な水として街の下水道に――それとなく――流しております』
「……それとなく、って言い方がちょっと怖いわね」
『衛生的、実務的に問題のない範囲で処理しております』
「なら大丈夫……なんでしょうか?」
そんなやり取りの中、リリアがエリスに尋ねた。
「エリスさん」
「はい」
「わたしの工房にも、こういう設備って出来たりするんですか~?」
『空調の設置は問題ありません』
エリスは即答した。
『室外機と呼称される排熱ユニットは、鍵付きの物置にでも偽装すれば目立たないでしょう』
「おお~」
リリアの目が輝く。
『それからトイレですが、ご自身でタンクに水を溜めて流す簡易式のものであれば、追加で設置できます』
「ホントですか~!?」
リリアは食卓に身を乗り出す勢いで、エリスの手をぎゅっと握った。
「是非、是非お願いします~! 水を運ぶくらい、いくらでもやりますから~!」
『……作業に余分な時間がかかりますが』
エリスは確認するように、ユウナへ視線を向ける。
「問題ないわ」
パンをちぎりながらユウナが答えた。
「エリスさえ辛くないなら、時間は気にしなくていいわよ」
それから表情を柔らかくする。
「他にも良いアイデアがあれば、できる限りリリアの力になってあげて欲しいの」
「ありがとうございます~!」
リリアの表情がぱっと明るくなる。
その様子を見て、エリスは眩しそうに目を細めた。
『承知いたしました』
静かに一礼する。
『……最善を尽くします』
その声には、確かに温度があった。
孤独な遺跡から自分を連れ出し、一人の人間として扱ってくれた友人へ。
ほんの少しでも恩を返せることへの、確かな喜びが滲んでいた。




