共に囲む食卓を
「そう言えば、エリス」
ユウナがふと思い出したように、エリスへ視線を向けた。
「あなたって、食事は必要ないって話だけど……食べること自体もできないの?」
「ルーンフォークも、基本的には食べなくていいんでしたよね」
ルシエラも興味深そうに身を乗り出す。
「専用のカプセルを定期的に摂取するだけで事足りるとか」
魔動機文明時代に作り出された新人類、ルーンフォーク。
彼らは食事を嗜むこともあるが、生存するだけなら一週間に一度の栄養カプセルで済むとされている。
エリスは静かに頷いた。
『ルーンフォークは、アンドロイドおよびガイノイドの廉価型です』
「廉価型」
ユウナが微妙な顔で復唱する。
『高度な演算機能をオミットする代わりにコストを大幅に下げ、一般的な単純作業や家事をこなせるよう設計、製作されました』
「ええと……つまり?」
ルシエラが首を傾げる。
エリスは、ほんの少しだけ誇らしげに胸を張った。
『ルーンフォークにできて、私にできないことはありません』
「食べられるってことですね~!」
リリアが満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、エリスも一緒に食べましょう。せっかくの完成祝いなんですし!」
ルシエラも嬉しそうに手を打った。
『しかし』
エリスは、戸惑ったように視線を落とす。
『私が食事を摂れば、その分だけ家計のランニングコストが増大します。エネルギー効率の観点からも――』
「そのくらい何でもないわよ」
ユウナが、あっさりと言葉を遮った。
「あなたと一緒に住んでいるのは、ハイペリオン級。人族の最上級冒険者なのよ?」
そして、当然のように笑う。
「食費の一人分や二人分、誤差みたいなものよ」
言いながら立ち上がる。
「そうです」
ルシエラも立ち上がった。
「そんなのよりエリスが一緒に食卓にいてくれる方が、ずっと大事です」
次の瞬間。
ユウナとルシエラが同時に動いた。
滑るような動きでエリスの左右に就き、戸惑う彼女のその肩を、両側からがしっと掴む。
『え?あの……ちょっと……』
間髪入れず、リリアが楽しげに自分の隣の椅子を引いた。
「はいは~い、こちらへどうぞ~」
『私は給仕役として――』
「それは違うわ」
ユウナが断言する。
「エリスも仲間なんですから」
ルシエラも譲らない。
抗う間もなく、エリスは二人がかりで椅子へ座らされた。
目の前には、自分が丹精込めて作った料理の数々。
彩り豊かな前菜。
香り高い肉料理。
澄んだスープ。
そして、琥珀色の飲み物が入った盃。
エリスはそれらを見つめたまま固まっている。
「さあ、改めて乾杯よ!」
「はい!」
「は~い」
『…………』
エリスは呆然と、仲間たちの顔を見つめた。
演算結果にはない。
効率表にも、行動規範にも、任務手順にも記されていない。
理屈を超えた温かな熱量が、そこには渦巻いていた。
「ほら、エリスも」
ユウナに手渡された盃を、エリスは壊れ物を扱うようにそっと握りしめる。
その手つきは、どこかぎこちない。
しかし、確かに自分の意思で持っていた。
「「「乾杯!!」」」
『か……乾杯……』
小さな声が、三人の明るい唱和に混ざった。
盃が触れ合い、澄んだ音が鳴る。
エリスはしばらく盃を見つめていたが、やがて恐る恐る口をつけた。
琥珀色の飲み物が舌に触れる。
味覚センサーが即座に反応する。
甘味。
酸味。
香気成分。
温度。
適正。
良好。
数字と評価が、意識の中に並ぶ。
しかし――それだけではなかった。
次に料理を口へ運ぶ。
自分が作ったものだ。
調味も、火入れも、盛り付けも、すべて把握している。
味の構成も、香りの設計も、最適解として計算済みだった。
なのに。
その味は、データよりもずっと温かかった。
ユウナが笑っている。
ルシエラが嬉しそうにこちらを見ている。
リリアが「美味しいですね~」と頬を緩めている。
その中で食べる料理は、ただの栄養でも、味覚情報でもなかった。
エリスの胸の奥で、何かが静かに震える。
三百年の渇きを、少しずつ潤していくような。
それは、彼女が機械の身体になってから初めて口にした――
特別な“食事”だった。




