お披露目会
「ほわ~、すごいですね~。本当に未来の国に来ちゃったみたいです~」
新居の完成記念として招かれたリリアは、屋敷の中を見て回るたびに、感嘆の声を漏らしていた。
指先ひとつで灯る明かり。
蛇口から溢れる水と湯。
季節を忘れさせる、心地よく整えられた空気。
どれも、現代のヴァルクレアではまず目にすることのないものばかりだった。
「100万ガメルと、エリスの頑張りの結晶よ」
ユウナが誇らしげに胸を張る。
「あはは。それはもう、皆さん死ぬ気で頑張ったんだってことが、この設備からひしひしと伝わってきますよ~」
リリアは笑いながら、壁の照明を興味深そうに見上げた。
そして、食卓に並べられた料理もまた、見たことのないものばかりだった。
彩り豊かな前菜。
未知の香辛料が香る肉料理。
澄んだスープ。
焼き立てのパンに、艶やかなソース。
「遺跡でいただいたスープも良かったですけど、このお料理も絶品ですね~」
『お気に召していただけて光栄でございます』
エリスが一礼する。
『よろしければ、後ほどレシピをお教えいたします』
「わあ、是非お願いします~!」
リリアは弾んだ声で答えた。
そして、ふと思い出したようにユウナへ向き直る。
「それからユウナさん、一つお願いがあるんですけど~」
「何かしら?」
「わたしの工房にも、この照明をつけてもらえませんか~?」
リリアは天井の明かりを指差す。
「夜の作業がこれなら、すっごく捗りそうなんです~」
「あら、エルフって暗視を持ってるんじゃなかった?」
「もちろんありますよ~」
リリアはにこりと笑う。
「でも、暗視って暗い場所でも見えるだけで、昼間みたいに見えるわけじゃないんです~。
細かい色の違いなんかは、やっぱり明るい方が分かりやすいですよ~」
「なるほどね」
ユウナは納得したように言った後、隣に控えるエリスへ視線を向けた。
「エリス、できる?」
『はい』
エリスは即答した。
『照明設備のみであれば、二週間ほどで構築可能です。その期間、お屋敷を離れるご許可をいただけるのであれば』
「そう」
ユウナは少しも迷わず頷く。
「じゃあ、お願いするわね。リリアには世話になったし」
『かしこまりました』
エリスが恭しく一礼する。
その淀みないやり取りに、リリアは少しだけ眉を下げ、困ったような笑みを浮かべた。
「……あの、ユウナさん」
「何?」
「お支払いの金額とか、全然お話ししてないんですけど~」
「取らないわよ、そんなの」
あっさりと言い切った。
リリアは瞬きをする。
「でも、この家の改装に85万も払ったんですから、少しくらいは取り返した方がよくないですか~?」
ユウナは静かに首を振った。
「エリスが計算したのよ」
その言葉に、リリアの表情がわずかに変わる。
「この屋敷の設備、まともに資材を揃えたら、とても85万じゃ収まらないってね」
ユウナはグラスを指先で軽く回す。
「あなたは儲けがほとんどないって言ってたけど……儲けどころか、かなり無理をして、あちこちから安くかき集めてくれたんでしょう?」
「あ~……」
リリアは気まずそうに頬をかいた。
「エリスさんはすごいですね~」
この数か月で、エリスは現代における魔動機部品の価値と価格を把握していた。
希少な部品。
代替可能な素材。
流通経路。
失われた文明の設備を、現代の街に再現するための本来の費用。
そして、この屋敷の改装に必要な資材が、85万ガメルで済むはずがないことも理解していた。
つまり。
リリアは、相当に無理をしてくれていたのだ。
「でも、さすがに赤字になるまで無理はしてないですから、気にしないでいいんですよ~」
リリアはいつもの調子で笑う。
「それでも、よ」
ユウナの声は穏やかだった。
「直接、私がお返しできることじゃないのが残念だけど」
その言葉を受け、エリスがリリアの前へと歩み寄った。
そして、深く一礼する。
『私も、リリア様には多大なるご助力をいただきました』
丁寧な声だった。
『ユウナ様の分も含め、少しでも御恩をお返しできるのであれば、私にとってこれ以上の喜びはありません』
リリアは一瞬だけ考える。
それから、いつものように柔らかく笑った。
「ありがとうございます~」
食卓には、温かな料理。
頭上には、新しい照明。
窓の外には、穏やかな夜。
苦労して手に入れた家。
命を懸けて積み重ねてきた関係。
孤独の底から連れ出された一人のメイド。
そして、何度も助け合ってきた友人。
それらが、今ようやく形になっていた。
ユウナはグラスを持ち上げる。
「じゃあ改めて乾杯ね」
愉し気に笑う。
「新居完成と、これからの面倒ごと全部に」
「そこは普通、“幸せな未来に”とかでは?」
ルシエラが苦笑しながらグラスを取る。
「ユウナさんらしいですね~」
リリアも笑う。
エリスは静かに頭を下げたあと、控えめにグラスを手に取った。
四人の気配が、一つのテーブルを囲む。
その光景は、少し前までは想像もできなかったほど穏やかで。
だからこそ、何よりも尊かった。




