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完成、新しい我が家

 そして、数ヶ月後。


 改装に使われた新しい資材の匂いに混じって、どこか懐かしく、それでいて未知の“文明”の香りが漂う広間。


 まっさらな床。

 磨き上げられた壁。

 丁寧に整えられた家具。

 そして、そのすべての奥に、人の手ではない精密さで巡らされた見えない機構。


「ついに……」


「……ですね」


『はい。全工程、完了いたしました』


 静かに告げるエリスの声に、ユウナは一拍遅れて両手を突き上げた。


「やったぁああああああ!」


「本当にお疲れ様です、エリス!」


 ルシエラは感極まった様子でエリスの手を取る。


 エリスはいつも通り、凛とした所作で深く一礼した。

 けれど、その表情はほんの少しだけ柔らかい。


『恐縮です。ユウナ様、ルシエラ様こそ、連日の過酷な金策、本当にお疲れ様でございました』


 一拍。


『一部の設備は既に先行して稼働しておりましたが、改めて全容をご説明させていただきます』


 そう言って、エリスは二人を案内し、屋敷の機能を一つずつ説明していった。


 まずは照明。


『動線に合わせ、階段の昇降口や各部屋の入り口に制御スイッチを設置いたしました』


 エリスが壁の小さな板に指を触れる。

 ぱっと、部屋全体が明るくなった。


「スイッチ……」

 ルシエラが、何度見ても慣れないという顔で呟く。

「指先一つで、部屋中が昼間のように明るくなるなんて……何度見ても魔法みたいですね」


『光源にはかなりの耐用時間がございますが、消耗がゼロというわけではありません』

 エリスは淡々と説明を続ける。

『使わない時は、こまめに消灯していただければ幸いです』


 そして、わずかに首を傾ける。

『なお、お二人の不在時に灯っている場合でも、何らかの意図があると判断しますので、私が勝手に消灯することはございません』


「ユウナ、つけっぱなしには気を付けてくださいね?」


「ちょっと、なんで私がやらかす前提なのよ!」


「前科があるからです」


「ぐっ……」


 二人のやり取りを微笑ましく見守りながら、エリスは次に水回りへと案内した。


『水はキッチン、洗面台、浴室、トイレ、そして庭に水栓を配置しました』


 きらりと輝く金属の蛇口。

 それだけでも、今のヴァルクレアでは十分に異様な設備だった。


『庭以外は二つのハンドルを備えており、水と、そして“お湯”の混合比を自在に調整できます』


「ハンドルを捻るだけでお湯が出るってだけで、この街のどの貴族よりも贅沢な暮らしなんだけど……」

 ユウナが呆然と呟く。


『魔道機制御による自動温度設定も検討しましたが、資材コストと利便性のバランスの観点から、今回は手動式を採用いたしました』


「これで妥協案なのね……」

 もうよく分からない、という顔だった。


「これからは【クリエイトウォーター】で必死に水を張らなくてもいいですね」

 ルシエラが笑いながら言うと、

「そう、それ!」

 ユウナは心底嬉しそうに答えた。


 次はキッチンへと歩を進める。


『キッチンには魔道コンロ、湯沸かし器、食洗機も完備しております』


「コンロ……?」


『火を使わず、魔素(マナ)を熱に変換して鍋や器具を加熱する調理設備です』


「遺跡で見たものですね」


『はい。家庭用に出力を抑え、安全性を高めております』


 エリスは、さらに奥にある箱型の設備を示した。


『また、こちらが冷蔵庫です。食材を低温で保管し、腐敗を遅らせることができます』


「氷室を、ものすごく便利にした倉庫ってことね」


『概ねその理解で問題ありません』


「食事の幅が広がりそうですね」


 ルシエラの声が、嬉しそうに弾む。


『ただし、これらを使用するような雑事は、基本的には私にお命じください』


「使い方にはとても興味があります。今度教えてくださいね」


「そうね。たまには自分で料理を楽しみたい時もあるだろうし」


『承知いたしました。安全講習を実施いたします』


「料理に安全講習が必要なのね……」


 さらにエリスは、壁に取り付けられた奇妙な箱を指し示した。


『各部屋にはエアコンディショナーを設置いたしました』


「えあこ……?」


『部屋の熱を外へ追い出して涼しくしたり、逆に外の熱を集めて暖めたりする魔動機です』

 エリスは当然のように説明する。

『季節を問わず、常に最適な室温を維持できます』


「なにそれ、理屈が分からなすぎて怖いわ……」


『これも照明と同じく損耗していきますので、ご使用になられない時には動力を落としていただければ幸いです』


「ユウナ、いいですか。消し忘れはダメですよ?」


「っ! だから! 分かってるわよ!」


 説明は、最後に屋敷の“守り”へと移った。


『外壁および門の内側には、赤外線センサーを張り巡らせました』


「せきがいせん……」

 ルシエラが、ぽつりと復唱する。


『目には見えない光の線です。侵入者がそれを遮ることで、侵入を検知します』


「なるほど。見えない糸みたいなものね」


『概ね、その理解で問題ありません』


 続けて、エリスは門の上部や庭の一角を指し示す。


『侵入者を検知した場合、その対応は警戒レベルにより変更可能です』


 一拍。


『屋内にアラームで知らせる穏便なものから……問答無用でハチの巣にする殲滅モードまで、段階別に設定できます。後ほどお選びください』


「……ハチの巣」


「新しい表現ね」

 ユウナが妙に感心したように言った。

「それでも、何を言ってるのか一発で分かるのが怖いわ」


「殲滅モードは、基本的に使わない設定にしましょう」


『承知いたしました。初期設定は警告および屋内通知に留めておきます』


「初期設定は、という言い方が怖いです」


 説明を終え、エリスは再び一礼した。

『お二人に深く関係していることで、大まかなところは以上です』


『その他、細かいことや各種設備の使い方は、私に言っていただければ応対させていただきます』


 ユウナは、しばらく口を開けたまま家の中を見回していた。


 明るい照明。

 温かい水。

 快適なキッチン。

 氷室を何十倍も便利にしたような冷蔵庫。

 理屈は分からないが、たぶんすごい空調。

 そして、たぶんめちゃくちゃ物騒な防衛設備。


 その全部を見て。


 最終的に出た感想は、一つだった。


「まあ正直、よく分からないけどすごいってことは分かったわ!」


 それが、今のユウナにできる最大限の理解だった。


 似たような感想を抱いたルシエラがくすっと笑う。


 エリスも、わずかに目を細めた。


 長い時間。

 多くの戦い。

 多くの出費。

 そして、数え切れないほどの手間と労力。


 その果てに手に入れたこの家は、もはやただの住まいではない。


 三人がこれから暮らしていく、新しい世界そのものだった。

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