ラブレター
宮野とは、中学校区は違うけど、最寄駅は同じらしい。羽唯の家は最寄駅から10分ほど歩いたところで、宮野の家は30分ほど歩いたところにある。途中まで同じ道のりを2人で歩く。宮野は、朝駅まで来るのに使った自転車を押している。きっと、羽唯と別れるまでは一緒に歩いてくれるんだろう。意外にもそういう気遣いができる男だ。
「あたし宮島より数学できるかも」
今日の勉強会のおかげでだいぶ捗ったのだろうか。珍しく嬉しそうに宮野の隣を歩く。
「宮島はもともと間宮とレベル変わんないから」
メガネを掛けていて、ぱっと見、勉強ができそうな見た目をしているくせに、宮島はそれほど頭がいいわけではない。この3人の中の馬鹿ポジションは宮島と羽唯、誠に残念なことに頭いいポジションが宮野だ。羽唯は宮島とテストの点数で競ったりするが、宮野に挑んではいけないと、それだけは心に刻んでいる。挑む前から負けが確定している勝負を仕掛けるほど、羽唯も馬鹿じゃない。
「同じレベルだから今日で宮島を抜くってこと!頭いいくせなのに馬鹿なの?」
羽唯の“馬鹿”という言葉は口喧嘩の始まりの合図なのかもしれない。宮野もそれに言い返すように、羽唯を馬鹿だと言う。
「お前こそどっちなんだよ。頭いいと馬鹿は並べて使わねーよ馬鹿が」
こうなると2人が別れるところまで歩くか、別の話題に流れるかしないと収まらない。
「馬鹿っていう方が馬鹿なんだから。コミュ障野郎」
宮野に言い返されると、羽唯は決まって口を突き出す。
「悪口って言ったら言い返されるんだぞ?白髪女」
「あたしのは銀髪です〜!目も悪いの?」
「お前コンタクトだろうが」
宮野の真っ当なツッコミのせいで、羽唯が不利になる。大体毎回こういう流れだ。
「なっ、言い合いに事実を持ってくるなんて卑怯だ!事実陳列罪!」
「じゃあお前の銀髪は事実じゃないんだね?あ、俺がコミュ障だとか本当は思ってなかったってこと?ふ〜ん」
これみよがしに煽ってくる宮野の口も絶口調だ。ニヤニヤと、とても楽しそうな顔をしている。宮野は羽唯と口喧嘩になると表情が豊かになって、口数も多くなる。
「なんであたしの前だとそんなに饒舌になるのかな?今日みたいに女の子に話しかけられてもまともに会話できないくせに?」
「できないんじゃなくてしないんです〜対してモテない間宮さんと違って、多すぎる女子相手にするのだるいんだわ〜」
全く自慢になど思っていないが、これも喧嘩のいい材料だ。宮野は羽唯に見下すように視線をやる。
「うわお前あたしにモテないとか言ったな?毎月1回は必ず告白されてるのに!なんか下駄箱にラブレター入れられてるのに!」
実は、羽唯もモテないことはない。むしろモテるほうだ。隣に宮野がいるせいで霞むが、綺麗な銀髪に大きな目、透き通る白い肌に、華奢な体躯。こんな見た目でモテないわけがない。その実、ほとんどが羽唯のことをよく知らない生徒ばかりなのだが。同じクラスで羽唯と宮野、宮島の関係を知っている人は、ほとんど羽唯に告白したりなどしない。好きにならないのか、好きになっても告白できないのかはさておき。
「え、きも。下駄箱に勝手に入ってんの?」
「そうだよ。あたしの下駄箱ポストかなんかだと思われてるらしい。」
朝登校したり、夕方下校する時間になると、羽唯の下駄箱に手紙が入っていることがある。
「下駄箱鍵かけといたら?それ用の穴あんじゃん」
「南京錠買って?1人だけは逆に目立つだろ。やるなら宮野もやれ」
羽唯のところにラブレターが入っているくらいだから、宮野はもっと多いだろう。もしかしたら毎朝回収しているんじゃないか。そして、しれっと教室のゴミ箱に捨ててたり……。
「俺下駄箱はポストじゃないよ、流石に」
どうやら、予想は外れたらしい。教室のゴミ箱にも捨ててないか。それにしては、違和感がある。羽唯より宮野の方がラブレターが少ないなんて、そんなことがあるのか。いいや、そんなわけない。
「まじ?どこに置かれるの?」
「ほとんど机だな。でも割と直接渡しにくるから」
「まあそれはたまに見る。直接ってすごいよね」
名簿だと席が近いため、宮野に会いにくる女子はたまに見かける。
直接手渡しするなら、手紙にする必要はあるのだろうか。そのまま自分の言葉で伝えたらいいのに、と思うのはきっと羽唯だけじゃない。
「な。お前ファンレター読んでんの?」
「ラブレターね。最初は読んでたけど最近は読まずに捨ててる。」
宮野がファンレターと言うのもわかるくらいに、内容にラブは詰まってない。あれはラブレターを装った嫌味とかしている。書かれいることのほとんどは羽唯や宮野への好きという思いなのだが、端々に、文句や到底無理な要求が書かれていたりする。自分が好きな人にとって塵ほども影響力を持っていないことを理解せずに思うがままに自分の理想だけを書き上げる、アイドルのファンに近いとは言い得ている。
「1年の一番最初は興味本位で読んだけど、もう見る気ないよな」
「やっぱ?宮野はともかく、宮島への悪口が酷いんだよな」
「あー、男はそっか。宮島がいるから」
羽唯への手紙の中には、それはもう到底口に出せないような酷いことが書かれていた。羽唯がずっと手紙を無視するから、と言うことで書かれたらしいが、理解できないしそんなことする人願い下げに決まっている。
「まあ宮野も相当書かれてるけどね。宮島の方が言いやすいんでしょ、孤高の王子様よりね」
宮野は一部で“孤高の王子様”と呼ばれていたりもする。常に羽唯や宮島といるから孤高とはかけ離れているのだけれども。
「別に俺、孤高でも王子様でもないし」
「王子様へのクレームレターは何書いてあんの?」
王子様もどこから来たのかわからない。孤高よりは納得できそうでもあるが……。宮野を野良のオオカミだと思っている羽唯にとっては、それも難しい。
「……最近読んでない」
「一番最後の最悪なやつは?」
「……真に受けるなよ」
冷たい声で、視線を落としながら、宮野は羽唯に忠告する。その様子から、言いたくないような内容であることも察せられる。
羽唯への忠告ということは、羽唯への悪口、嫌味、妬みその他諸々を煮詰めて一皿の料理にでもしてくれたのだろう。せっかくならその料理を味見してみようではないか。
「わかってる」
羽唯の返事を聞き、宮野はため息を吐くも、一つ一つ、思い出すように声に出す。
「間宮さんのどこがいいの。間宮さん顔だけだよ。間宮さんじゃ宮野くんに釣り合わないよ。間宮さん西先生と付き合ってるんだよ。……とか意味不明な感じ」
「ほーん。最後の以外は予想通りって感じだね。」
案外普通だったことに拍子抜けだが、もっとやばいのは宮野が隠してくれているのかもしれない。これ以上わざわざ自分の悪口を探るのも面白いわけでもないし、全部一回飲み込んだ。
ところで、どこで西先生と羽唯が交際関係だなんて噂が出たのか。シェフのオリジナルなら構わないのだが、料理として提供されていたら非常にまずい。主に西先生が。
「お前西と付き合ってんの?」
「なわけないでしょ」
そんなわかりきったことを聞くな、と宮野に怪訝な眼差しを向ける。
「だよな。そもそも間宮って西のタイプじゃねーし」
宮野はそれに対し納得の意を示し、そしてわかりきっていたかのように前を向いて話す。
いや、え?
「にっしー宮野にタイプの女子バレてんの?」
ちょーおもろいんだけど、と羽唯が笑う。
どうして宮野が西先生の女性のタイプを知っているのか、無性に気になった。だって授業ではそんな話は一回もなかったように思う。
「なんか前用事まで時間あったから教室で時間潰してたら、施錠しに来た西に熟女の素晴らしさ説かれた。ガチで意味わからん」
あまりの意味わからなさに羽唯は大きな声で笑う。所謂大爆笑。羽唯がここまで笑うのは大変珍しく、宮野も片手で数えられるくらいしかそれを見ていない。そのうちの一回がこれになりそうだ。担任の西先生による宮野への熟女語り。本当に何度聞いても意味がわからない。どういった流れでその話になったのか、事細かに知りたいレベルだ。
「宮野それ聞いてたんだ」
生徒に趣味を語る教師もなかなかだが、ちゃんと聞いている宮野も宮野で面白い。
「仕方ないだろ、わざわざ図書室に移動するほど時間があったわけでもないし」
「どう?宮野は熟女に目覚めた?」
わざとらしく宮野を見上げて聞いてみる。
「潰すぞ」
返ってきたのはその一言だけで、実に宮野らしい返答だ。これでまあ、とか言われたらどうしたらいいかわからない。
「別にいいと思うよ?宮野が熟女好きでも。面倒くさい女の子減るんじゃない?」
高校生なんてピッチピチの女の子。熟女になるには程遠い。多くの子が諦めるんじゃないか、とまるで名案のように宮野に提案する。
「たとえそうであったとして公開しねーよ」
それもそうか。生徒に趣味公開してる教師がおかしいんだ。宮野がそんなことしてたら、羽唯も今以上に嫌いになるだろう。
話の内容のおかしさに、2人で肩を並べて笑いあった。
流石に今日は、面白さが勝って、宮野が嫌いな人だとかは、どうでもよかった。




