喫茶店
飛び出しガールを2人の即興演技で乗り越えて、ようやく帰れると思ったところで、宮野から意外な提案が飛び出た。
「どうせなら行ってみる?喫茶店」
* * * *
もともと、羽唯は太々しくも、宮野にさっきのお礼として対価を貰うつもりだった。先ほどの、会話を遡っておねだり作戦はスルーされ、静かに終わったが宮野の方から言い出してくれた。
どうせお前数学わかんないんだろうし、見てやるついでに飲み物くらい奢るよ、とのことだ。どうせ、ってなんだどうせって。実際そうであることに変わりはないし、反論もできないのだが、バカにされたようでイライラする。宮野もバカにするつもりで言ったのだろうけど。
宮野と2人で放課後に喫茶店に行くことの屈辱よりも、自分の数学のへ理解度が足りないことと、飲み物を奢ってもらえる方に天秤が傾き、今、こうして2人で一つのテーブルを挟んで座っている。テーブルの上には、時折コロンと氷が音を立てるソーダが入った冷たいグラスや、ジュワっとアイスが溶ける黄緑色のクリームソーダのグラスが置かれている。同時に、それに似合わない真っ白なノートや分厚い問題集が開かれている。真ん前に座る宮野はヒラヒラと古典の単語帳を捲っている。もうテスト一週間前だというのに、悠長な奴だ。
羽唯がしばらく宮野の様子を見ていると、宮野が単語帳から目を離した。
「なんだよ、まだ一問も解いてないだろ、早くしろ。」
単語帳をペラペラと見漁っているところから、こちらの様子なんて覗ってもいないと思ったのだが、どうやらそれは早計だったらしい。それにしてもなんだその言い方は。羽唯から願い出たわけではないのに、上から目線な宮野にイラつく。言葉を返すことはせず、無言で問題集に取り組んだ。それが宮野に図られてたなんて考えもせず。
「あ〜ほんとムリ!こんなのいつ使うんだって!」
突然声を上げたと思ったら、頭を掻きむしって隣に置いてあるクリームソーダをがぶがぶ飲み込んでいく。そんな羽唯の様子を見て、もう根を上げたか、と宮野がため息をついていつの間にか持ち替えていた英単語帳を閉じた。
「やる気がないだけ?解き方がわかんない?」
喫茶店の椅子にもたれるようにして宮野が羽唯に問う。机に突っ伏していた羽唯は、体を起こし、顔を上げる。
「…解法が思いつかない」
「解答の解説見てもわかんない?」
「流石にそれはわかるけど、問題を見てそれが出てこない」
「発展問題だけ解けない感じか」
「そう」
思いの外、2人の会話はスムーズに進む。無駄なことを喋らず、端的な質問に端的に返すから。
別に、宮野との会話を面倒くさいと思ったことはほとんどない。羽唯がこの男を嫌いなのは、すぐに煽ってくるのと、指摘する時の言い方が悪いから。顔が無駄にいいところとか、対して勉強しているところを見たことがないのに成績優秀なとことか、他にもいろんな要因はあるが、普通の会話をする分には、嫌じゃないし、むしろ話しやすいまである。必要ないことを言わなくていいし、相手の気持ちなんか考えなくていいし。
「じゃあわかりやすい発展問題を何問かピックアップするから、共通点を探すんだ。例えばこの12と14の共通点は?」
そう言って、宮野は羽唯の冊子から問題を選び指差す。
「えー…両方ともあたしが解けてない」
「んなのわかってんだよバカ」
いくら考えたってわからない。羽唯にとって数学は、そういうもの。共通点なんて、二つとも円と線があることくらい。それを言ったってどうせ、円と直線の問題なんだからそうに決まってるだろって言われるに違いない。
「じゃあまず12。円と直線の共有点の話だ。判別式と共有点の個数の話は覚えてるだろ?」
判別式とは、その式を利用することで実数解の数を見分けるもの。共有点とは、この問題であるなら円と線が交わる場所のこと。
「判別式が正なら共有点は2つ。判別式がイコールゼロなら、共有点は1つ。負なら0?」
「そう。じゃあ、まず円と線の式を整理して、判別式を起こす。そこから……」
一時間くらいずっと、羽唯がわからない問題について質問し、宮野が説明する、を繰り返していた。5月になって、日も長くなったせいか、午後5時を裕にすぎていても辺りはまだ明るい。
正直、数学の先生の授業を受けるより、宮野に聞く方がわかりやすいし、何より羽唯に全て合わせてくれるから後で理解できてない部分が生まれたりすることもない。不服だが、とても有意義な時間ではあった。
喫茶店だからあまり長居するのも良くない、と一通り宮野の解説を聞き終わると、店を出た。




