僕の女神さま
初めて君を見たのは、一年生の春だったかな。
綺麗な銀髪が、桜色と合わさって、天使か何かと勘違いしそうになったよ。
君は、地面に手をついている僕を見てこう言ってくれたんだ。
「大丈夫? どこか怪我した?」
真っ白な手を優しく差し伸べてくれた君は天使というよりも、女神だった。
「大丈夫です、すみません」
こんな綺麗な女性に声を掛けられたことなんてなかったから、どもってしまってカッコ悪かったと思う。
今思い返すと本当に恥ずかしい。君に悪い印象を持たれている気がして。
それでも君は気にしないでくれた。
「よかった。掲示板に集る人たちに押されたのかな。もうクラスは確認できたの?」
「いっ、いえ……」
「そっか、じゃああたし見てきてあげるよ。名前は?」
「田代峰です……」
「わかった! ちょっとここで待ってて!」
君の優しさは眩しくて、暖かかった。こんな日陰者の僕を照らしてくれたのは君だけだった。
「田代くん2組だって!」
「そうなんですか、すみませんわざわざ。ありがとうございます」
「うん! じゃあね!」
あの時名前を聞いておけばよかったと後悔したけれど、その必要もなかった。
君はあれからすぐ有名になった。
学年の天使、間宮羽唯。
輝く銀髪に、太陽を知らない白い肌、水のようにキラキラと光を反射する瞳。
君の評判は止まることを知らなかった。すぐに学校中に広まった。そのせいで、彼女見たさに上学年が教室を訪れることもあった。
そして、そんな天使を捕まえようと躍起になる男たち。それに嫉妬して醜い嫌がらせをする女たち。
僕にはそれらはゴミのようにしか映らなかった。女神の前に漂うチリども。
しかし、彼女は美しい上に強かった。どんな男のアプローチも跳ね除けていた。
おかげで僕も心配にならなかった。羽唯ちゃんは大丈夫。
けれど突然、羽唯ちゃんの前に変な男が現れた。彼女と同じクラスの宮野伊吹。
こいつも王子やらなんやらと噂されているのを少し耳にした記憶がある。
だが大したことないだろうと思っていた。羽唯ちゃんは王子なんかに靡かない。
あんな、顔だけのやつに羽唯ちゃんが好意を寄せるわけがない。
しかし、羽唯ちゃんは以降アイツと行動を共にするようになった。加えて、宮島瑛斗とかいう地味な男まで一緒に……。
なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで。
羽唯ちゃんは誰にも靡かないんだ。可憐で強い、自立している女の子。
男に弱みなんて見せないし、男に頼みなんてしない。
羽唯ちゃんに男なんて必要ない。
なんだ宮島瑛斗って。なんだ宮野伊吹って!
そんな顔で笑うな。そんな距離で喋るな。そんな汚い手で羽唯ちゃんに触れるな。
やめてくれ。僕の羽唯ちゃんを、女神さまを汚さないでくれ。
羽唯ちゃんは、僕の女神さまなんだ。
君たちが気軽に触れていい相手じゃない。
二年になってから、羽唯ちゃんと宮野との仲は相当深まったように思える。
朝、一緒に登校することが格段に増えた。一緒に下校することも。お昼は必ず一緒だった。
二人の噂を聞くことも増えた。
『天使と王子付き合ってるのかな』
『やばい、天使と王子が笑ってたんだけど!超幸せ空間だった』
『宮野くんって間宮さんとしか話さないよね〜。間宮さん結構束縛するタイプなのかな?』
『間宮さんまた一人振ったんだって?』
『俺もう間宮さんのこと諦めようかな、相手があの宮野伊吹じゃ無理だよ』
その中にはもちろん本人たちに届いているものもあった。
けれど…………。
きっと違う、羽唯ちゃんは面倒くさがって否定しないだけで、宮野と付き合ってなんかない。
その証拠に、何度か羽唯ちゃんが宮野のことを嫌いだと言っていたのを聞いたことがある。
羽唯ちゃんが嫌いだとはっきり言っているのに、宮野はなぜ隣にいる?
どうして羽唯ちゃんに嫌われて隣にいれる?
お前はそんなに偉い人間なのか。図々しくも、羽唯ちゃんの気持ちを無視して、隣にいれるのか。
宮野に対する批判的な意見が自分の中で高まる一方で、羽唯ちゃんを追うたびに出てくる宮野の情報から彼に対する解像度が上がってしまい、冷静になってしまう自分がいた。
羽唯ちゃんが宮野に気を許していることは、他の人への対応を見ていると明らかだ。つまり、宮野は羽唯ちゃんにとって、少なくともその他大勢より特別な存在。そして、今のところ羽唯ちゃんが頼る人間は宮野伊吹ただ一人。
たまに調べている途中で宮島瑛斗も出てくるが、彼の印象は宮野ほど悪くない。いかにも誠実そうな、素朴な男。
羽唯ちゃんの隣にいても彼女の評判にプラスもマイナスも与えない空気のような男。
ただ、それも気に食わない。羽唯ちゃんの隣に自然といれることが許せない。
羽唯ちゃんはお前なんかと対等な存在じゃない。
僕の女神さまは、間宮羽唯はお前たちが雑に扱っていいような人じゃない。
そうだろう?
吉田智己。
姉さんから話を聞いた時は本当、びっくりしたよ。まさか自分の欲のために羽唯ちゃんに気苦労をかけるとか。
宮野が阻止したからよかったものの、羽唯ちゃんが嫌だと言っているのに、彼女の時間をもらうとか考えられない。
ゴミのような人間の分際で、羽唯ちゃんに関わろうとしたことが許せない。
恐れ多くも羽唯ちゃんに好意を寄せたことが許せない。
僕の女神さまは、孤高で、崇高で、可憐で、上品で、美しい心を持つ人なんだ。
許さない、許せない。
僕は羽唯ちゃんのためだったらなんでもできるよ。




