間宮野?
「おーい、間宮野」
間宮と宮野が、宮島と合流して帰ろうと並んで教室を出たところ、担任の西先生に呼び止められた。
西先生は2人の去年からの担任で、間宮、宮野、宮島の3人でいつも一緒にいたことも知っている人だ。
それにしてもなんだその呼び方は。自分の名前が聞こえたから咄嗟に振り返ったのだが、ニヤニヤ笑う担任の顔を見て、それは間違いだったかもしれないと後悔が渦巻く。どうやら宮野も同じタイミングで静かに振り返ったらしく、それを見た西先生が嬉しそうにしている。
「なんすか」
黙って面倒くさそうにしている羽唯の代わりに、宮野が答えてくれた。
「お前ら帰宅部だよな?」
その言葉から始まる内容は大体想像できる。部活がないのだからと何か面倒ごとを押し付けられるのだ。危険を察知した宮野が羽唯に声を掛ける。
「おい、間宮早く帰るぞ。」
宮野が急いで振り返って羽唯の手を引っ張って歩こうとしたところ、体が思いっきり後ろに引っ張られた。
ワイシャツの襟を掴まれたらしい。まるで首を掴まれた猫のようになっている宮野に、羽唯は少し面白く感じる。
「待て待て待て。そうはさせん。」
今度はさっきと違ってニコニコとある意味怖い笑みを浮かべている西先生。
「体育祭の配布プリント。番号振ってあるからホチキス留め頼むわ。」
宮野の予想は的中し、2人は居残りで雑用を任されるそうだ。
「なんであたしたち?」
思わず羽唯も文句を述べる。それもそうだ、こう言った仕事は学級委員や体育祭実行委員の仕事のはず。
「それがさー、実行委員の奴ら部活あるからって逃げやがんの!わかる〜?俺の苦労」
やれやれ、といった感じでぶらんと持ち上げられた手を振られる。知るか。教師の苦労なんて。そういった生徒たちにちゃんと仕事をさせるのが教師の仕事ではないのか。
「帰ろうと思ってたところに雑用押し付けられそうになってる俺たちの気持ちわかります?」
宮野の西への文句の言い方は最高得点を叩き出せそうだ。これには西も折れてくれると思ったのだが……。
「わかる、わかるよ。仲良く2人でキャッキャうふふして帰ろうと思ってたところに担任からの雑用!合法的に放課後二人教室でランデヴー!最高の青春じゃないか!」
あまりにもそれが良いことのように語る西に宮野が拳を振り下ろした。ナイス宮野。
「はぁ!?いって!!何すんの!?」
スリスリと宮野に殴られたところを撫でている。宮野だって無闇に暴力を振るったりしない。きっと対して痛くなかっただろうが、まあ西先生なりのパフォーマンスだろう。
「にっしー。あたし宮野と放課後2人きりとか一番望んでないから。ごめんけど無理。」
真顔でそう言う羽唯に、宮野はあからさまに、お前失礼だな、という視線を送ってくる。大嫌いな人からの熱い視線どうもありがとう。全くもっていらないが。
「んなこと言うなよぉ。宮野が可哀想じゃん〜」
ね?と談笑中のおばさまみたいな顔をしながら羽唯の肩に手をかけ、にっしーこと西先生は宮野を見つめる。
「ダメ?」
まるできゅるるんっ、とでも効果音がつきそうな上目遣いに宮野は心底嫌そうな顔をする。
「わかった、じゃあ俺も手伝う!3人でやろう、3人で。そしたら3倍速だ!」
元々2人でやるように言われていたのだから、1人増えたところで1.5倍速ではないかというツッコミは心の中に留めておこう。
結局、西先生の手から逃れることはできず、放課後買い出しに行かなければならない宮島には断りを入れて、間宮と宮野は配布プリントのホチキス留めを手伝うことになった。
4つ合わされた机の上には7種類のプリントが並べられている。2人が順番通りにプリントを重ねる担当で、1人がそれをホチキスで止める担当。ホチキス取りに行くから先2人で始めといて〜と言う西先生の言葉を聞く限り、彼が一番楽なホチキス留めの作業担当ということだろう。
西先生が出て行ってからというもの、2人は無言でひたすらプリントを重ね続ける。この調子でいけば、20分もかからずにこの雑用を終えることができそうだ。
「ただいま〜、ってなんも喋ってないじゃん。何喧嘩したの?」
ホチキスを取りに行っただけだと思ったのだが、西先生は缶のジュースを2本抱えてやってきた。
「別に元々仲良いわけじゃないから。」
宮野は軽く遇らい、黙々と作業を続ける。西先生の様子には興味がないようだ。
一方間宮は、西先生が抱えているものに疑問を抱いた。
「にっしー何それ?」
羽唯の問いかけに、自慢げに机の上にその缶ジュースを置いた。
「ふっふっふ!心優しい西先生だ!実行委員でもないのにこうやって放課後も残って作業してくれている君たちに心ばかりの感謝の差し入れさ!」
西先生はまるで自分の後ろに後光が差しているかのように言うが、羽唯も宮野もそんなおかしな担任の相手をするほど優しさに溢れた生徒じゃない。それに2人とも作業を手伝ったのだから何か見返りを要求するといったタイプでもないので、残念ながら反応は薄かった。
「なんでも良いけど早くしてよ、プリント溜まってるから。」
2人の間にはわかりやすく縦横交互にして積み重ねられたプリントたちがある。2人はもちろんホチキス留めが終わらなくても、自分たちのプリントを重ねるという仕事が終わったら帰るつもりなのだが、めんどくさい担任を遇らうのに体のいい言葉だ。
「つれないな〜間宮野は」
そう言って空いていた椅子に座る西先生を間宮は横目で見た。
「さっきからなんなの、その呼び方。」
教師に対する質問の仕方とは思えないが、そんなものはお互い様であり、今更だ。
「良いでしょ、間宮野。」
「何もよくない。こいつとまとめて呼ばないで。」
楽しそうな西先生とは裏腹に、羽唯はズバズバと棘を差していく。それは西先生にも宮野にも刺さる、まるで紅葉葉楓のような。
「仲良いくせに?一緒に帰るくらいには仲良いくせに??」
お上品なおばさまみたいに口に手を当て、ニヤニヤと目を三日月型に細めている。うざいったらありゃしない。
決して2人で帰ろうとしていたわけじゃない。間宮も宮野も宮島がいるから一緒に帰ろとしていただけだ。
「仲良くない!」
間宮は西先生を鬱陶しいと、怒ったように声を上げる。
「わかった、間宮はツンデレなんだね。いいね、そゆとこも可愛いよね〜宮野?」
今度はそのうざったらしい顔を宮野に向ける。
しかし口を開けば冷たい息が出ているような宮野だ。西先生が望むような回答なんて、彼の口から出るわけがない。そして、彼が吐いたのはとっても冷たい息。
「今の会話録音して生徒指導主任に聞かせればよかったな。」
怯えたように謝り倒すかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
西先生はあっけらかんと余裕そうな顔をしている。そして、宮野をジロジロ見て言い放った。
「その制服で生徒指導室に入れると思っているのかね、宮野くん!」
これは勝ったな、とでも言いたげな腹立つ笑顔が、宮野の視界いっぱいに映る。
しかし、宮野の格好は、学校指定のネクタイがついていないこと以外、対して問題ない。校則にはネクタイを着用するように書かれているが、実際していない生徒もいる。第二ボタンまで開けていたり、ピアスをつけている生徒もいるし、女子だって本当に穿いている意味があるのかというほどスカートを短くしている生徒もいる。宮野の格好はまだマシな方だ。
「いけるだろ、実際今まで注意されてない」
「あのな、注意されるからダメなんじゃなくてだな、」
たらたらたらたらと西先生が一方的に話しているうちに、2人は仕事を終えた。
「じゃ、西せんせー俺らは帰るんで。」
「にっしー、ジュースあざ〜」
2人はそれだけ行って並んで教室を出て行った。
「仲良いじゃんね〜お似合いだよ?間宮野。」
教室に1人残った西先生は、頬杖をつきながら2人が歩いて行った廊下を見つめている。そっと吐いた言葉は、誰にも聞かれることなく春の日差しで生暖かい教室の空気に溶けていった。
あれだけ羽唯が反抗した呼び方だが、西先生の中では、どうもそれが変わることはなさそうだ。




