春風
「お邪魔しまーす」
結局、間宮の家に行くまでもいろんなところで遊んだりして、家に着いたのは午後四時だった。
春の暖かさが感じられるようになり、少し日が長くなってきた頃だろうか。まだ辺りはオレンジ色に染まり切っていない。六時半にもなれば真っ暗になるだろう。羽唯に続き、宮島、宮野の順で間宮家に入った。
「いらっしゃい。久しぶりねー、瑛斗くん」
「お久しぶりですね。すみません、手ぶらで…」
玄関まで出迎えてくれた母が宮島を見つける。母には事前に連絡を入れておいた。
宮島は何度か、羽唯にゲームを教えに間宮家に来ていたことがある。その時に母とも会っており、羽唯の母は宮島のことを大層気に入ったそうだ。
「そんなの気にしなくていいのよ!いつも羽唯がお世話になってるんだから」
「お母さん話長いー。行くよ、宮島」
母と宮島の挨拶が長くなることを予期した羽唯は、先に声を掛けた。宮野のことは忘れて。
「ゆっくりしていってちょうだいね」
「はい、ありがとうございます。」
宮島に続いて、一言も話していなかった宮野も頭を下げる。
「宮野伊吹です。いつも羽唯さんと仲良くさせてもらってます。」
宮島が行ったのを見ると、普段の宮野とは思えないほど丁寧に挨拶をする。
宮野はその口の悪ささえなければ完璧なので初対面の印象が悪くなることはほとんどないはずなのだが。
「あら、いつもお話し聞かせてもらってるわよ。羽唯と仲良くしてくれてありがとうね。」
どういうふうに話されているのか気になったが、いいように話されていないことは確かなので、何も聞かないことにした。つまり、今の猫を被った宮野も無駄だと言うことだ。元々よく見られようと思っていたわけでもなかったのだから、大した問題もない。
しかしまぁ、宮野たちをおいて先に言った彼女は、一体母親に彼のことを何と言っているのやら。
何も聞いていないが、宮野はご飯を食べながら自身の悪口を言い、暴言すら吐く彼女が容易に想像でき、一人静かに笑った。
* * * *
「はー!宮島強すぎるんだけど!」
前々から間宮が宮島に教えてもらっていた格闘ゲームを、春休みに練習したから対戦しよう、と言うことで今日集まったわけなのだが……。
1勝4敗。羽唯が勝った試合も、宮島が初めてのキャラを使った回だった。
なんと、宮島はこんな人畜無害な見た目をしているくせに、ゲームが上手い。3人の中で一番なのはもちろん、一般的に見ても上手い方だと言えるだろう。
「はは、でも間宮さんも前よりうまくなってるよ」
こうやって話しながらも、宮島は黙って集中している宮野と対戦している。ニコニコと笑顔でコンボを決めていくのだから、羽唯も若干引かずにはいられない。
一方宮野はというと、家にゲーム機なんてなくて、スマホでもゲームアプリを入れたことがないほど、ゲームというのに無頓着というか、幼少期から娯楽とは距離を置いていたタイプの人だ。そのため、3人の中では飛び抜けてゲームが下手だ。羽唯もあまりゲームが得意なわけではないが、そんな羽唯に一度も勝ったことがないくらいには下手だ。
「あ、勝った。僕そろそろスーパー行かないと」
宮野との対戦を終え、宮島が時間を確認すると、六時を過ぎていた。もう遊びはじめて二時間も経っている。
宮島は両親ともに夜遅くまで働きに出ていて、下の兄弟が多いので、よく家事や買い物を頼まれている。六時半を過ぎると宮島の家に一番近いスーパーでお惣菜の値引きが始まったりするそう。
「おっけー。宮野はどうする?」
黙ってスマホをいじっている宮野に問いかける。
正直もう少し遊びたかったが、宮島は家事を頼まれているのだから仕方ない。
「んー、」
スマホから視線を外し、その大きな黒い目を羽唯の方に向ける。
「もうちょいいるわ」
「わかった、じゃあ僕だけ先にお暇させてもらうね」
宮島は驚く顔もせずに、そっと告げて荷物を片付け始める。
一方、羽唯は驚いた。
あの宮野が宮島について行かないなんて。いいや、それより、羽唯と2人になることを自ら選択するなんて。
宮野は羽唯のことが嫌いなはずなのに。
どういう風の吹き回しかはわからないが、そんなことを本人に聞く勇気もない。
宮島を玄関まで見送って、またリビングに戻った。
それからは宮野と羽唯の無言の戦いが始まった。
回数を重ねるごとに、宮野も少しずつ技を決めてくるようになり、ついには大差で負けてしまった。
「流石に勝ったな」
「いいや、運だね。私1回しか負けてない」
負けず嫌いの羽唯は一度負けたぐらいじゃ折れない。その相手が宮野だとしたら尚更。
そしてまた2人の攻防が始まる。
「宮野くん、ご飯食べてかない?おうちの人がよかったらだけど」
羽唯の母に言われて時計を確認すると、時針は7を指している。
高校生が外出していても怒られない時間ではあるが、春が始まったばかりの今時分は、まだそんなに日も長くない。
「いいんですか、だったらすごく助かります」
母は知らないが、羽唯は少し聞いたことがある。
宮野の両親は宮野と同じ生活を送っていない。毎日のご飯も、確か、別々だった。
「いいよ、いいよ!大したものは出せないけどね!」
「全然、なんでも嬉しいです」
羽唯は宮野の珍しくかしこまった態度に違和感を覚えた。
* * * *
「いただきます」
いつもとは違う3人で食卓を囲む。
羽唯の父は今日は仕事の飲み会にいっている。父がいないのは珍しくはない。後輩に誘われると断れない父だ。
兄はバイトにいっているため遅くまで帰ってこない。兄が大学生になってから、一緒に食事をすることはもちろん、顔を合わせることすら減った。
3人が囲うテーブルには、いつも通りの中辛カレーに、少しレアなしそ巻きが並んでいる。しそ巻きがカレーと一緒に食卓に並んでいるのは、羽唯の隣に座る、この仏頂面の男がいるせいだろうか。
「どう?お口に合わなかったらごめんね」
「すごく美味しいです。ありがとうございます」
宮野はしっかりと母の方を見て答える。
それは、いつもの羽唯への態度とは大分と違ったものだった。クラスメイトの母となれば、よそよそしくなるのも仕方がないが、羽唯はいつもと違う宮野に、違和感とむず痒さを覚えた。
「宮野それとって」
「ん」
羽唯と宮野の絡みを見てはニコニコとしている母親を、羽唯は怪訝に思う。
母にはよく学校のお友達とはうまくやっているのかと聞かれる。中学で少し問題があった手前、母なりに心配してくれているのだろうが、羽唯にはそれが鬱陶しく感じることもあり、母に八つ当たりするかのように宮野の愚痴をこぼしていた。
「ほんと仲良いのねえ」
普段の羽唯の話を聞いているというのにどこをどう見てそう思ったのか、羽唯にも宮野にもさっぱりわからなかった。
「全然そんなことない」「全然そんなことないっす」
2人の声が重なったのを合図に、母の大きな笑い声が食卓に響く。
「じゃ、バイバイ」
「ん、また明日」
一日中一緒にいても、別れの挨拶なんてものはテキトーで、なんの思い残しもなくすぐに別れる。
新学期の始まりとしては上々の一日だったんじゃないだろうか。
春休みこそ、わざわざ集まって遊ぶことなんてなかったから、久しぶりの2人に心が躍っていたのも確かだろう。
玄関の扉が閉まるまで見届けて、羽唯は一息ついた。
また明日。
扉が閉まる寸前、微かな風が羽唯の頬を撫でた。




