春来
長いようで短い一年が終わり、春の風が頬を撫でる。
間宮羽唯、今日で高校2年生の彼女は、珍しく心を躍らせ、ミディアムくらいに伸びた透明感のある銀髪を靡かせながら、学校への道を歩いた。艶のある銀髪は太陽の光をこれでもかと言うほどに反射し、透き通る真っ白な肌は煌々と輝いている。そんな彼女を見た者は皆、足取りを落ち着かせるほどに。しかし、彼女に声をかける者は誰一人としていない。それほどまでに彼女は浮世離れした美しさを纏っていた。
「はあぁぁ…!?」
それも束の間、彼女の怒気を含んだ叫び声が昇降口前に響いた。
そんな様子に、周りの生徒は彼女を注目する。それもそうだ。いくらみんながみんな話しているとはいえ、一際大きな怒鳴り声が響いたならば、そちらの様子をつい覗ってしまうのも仕方がない。
「お前、大勢の前で急に叫ぶなよ、小学生かよ」
「誰のせいだとっ…!」
みんな羽唯を見るだけ見て近づこうとしないところに、一人の男がやってきた。
身長は180㎝ほどか、羽唯の後ろに立っていても綺麗に顔が見える。始業式だと言うのに、緩く結ばれたネクタイからは決して真面目ではない性格なことが窺える。真っ直ぐに癖のない黒髪が目元まで伸びている。他の人がすればパッとしない地味な髪型だが、この男にそれは通用しない。雪の如く真っ白な肌に、すっと通った鼻、真っ黒で大きくて少し吊った目、薄い唇。俗に言うイケメンである。その欠点のない見た目に、多くの女子の目線が釘付けになっている。
おまけに成績は優秀で一年の頃は定期テストでは毎回学年上位に入っていた。そんな男だが、羽唯は彼に大きな欠点があることを誰より知っている。
そう、彼の欠点はこの口の悪さである。羽唯と言葉を交わして、口論にならなかった記憶はない。こんなにもわかりやすく口が悪いのに、彼が多くの人と絡まないせいで、その噂が広まったりすることもなく一年が過ぎた。
そのため、学年では彼を眉目秀麗、成績優秀の完璧人間だと思い込んでいる人が多い。それがまた、羽唯にとっては口惜しかった。
「あんなに俺と離れられるって喜んでたのになあ?残念だったね?」
怒りのあまり羽唯は握った拳を自分より10cm以上高いところにある男の顔に振りかざす。
今朝羽唯が心を躍らせて登校していたのは、このクラス替えがあるためだ。羽唯は去年この男と同じクラスであったがために、今こうして顔を合わせれば口喧嘩をするような関係になってしまった。今日からその忌々しい宮野伊吹という男とおさらば、新しい生活が待っていると心踊らされていたのに。
蓋を開けてみれば、名簿には前後に並ぶ、間宮羽唯、宮野伊吹の名前。
「ははっ、頑張ってお手て伸ばしても俺には届かないねぇ?残念。」
宮野は羽唯の顔を覗き込んで、これでもかというほどの煽りの言葉を吐く。
ついに羽唯の怒りがキャパオーバし、彼女は宮野を置いて廊下をずんずん歩いていく。
その後から満足そうな顔の宮野が、艶のある黒髪を揺らしながら歩く。
間宮羽唯は、宮野伊吹が大嫌いだ。
* * * *
「僕もびっくりしたよ、まさか二人がまた同じだったなんてね」
彼こそが二人の仲介役であり、一年間平穏を守っていた偉人、宮島瑛斗である。
ふわふわとした明るいキャラメル色の髪に、黒縁のメガネをかけている。そのメガネから見える大きな目はこれまた明るい茶色をしていて、彼の纏う暖色の雰囲気の元の一つでもある。
見た目やその優しく温かい声から、天真爛漫な自由人などと思われやすいが、三人の中ではこの男が一番真面目でしっかりしている。
始業式が終わり、入学式が始まる前に下校になった彼らは、一年の時と変わらず三人並んで帰路に着く。
仲が悪い二人がいるのにも関わらず、共に行動しているのは宮島がいるからだろうか、一年の時から変わらない。
嫌だ嫌だと文句を言う羽唯も、二人を避けてまで一人で帰ろうとはしない。三人でいることを拒むと、宮島と一緒にいることができなくなるからだ。
宮野も羽唯も友達と言える存在がこの学校では宮島しか存在しない。
故に、両方がお互いを避けたいと思っても、宮島がいるから避けることはできない。
そんな関わり方を続けてきたために、今の三人の関係がある。
「宮島がいたら我慢できたのに、私一人じゃこの脳みそ小学生男相手したくないよ」
「心も体も小学生なやつに言わたかねえよ」
ははは、と二人の小競り合いと共に優しい笑い声が響く。
「いいな、僕も二人と一緒が良かったや」
楽しくも羨ましそうな声で宮島が言う。
宮島にとっては、二人と過ごした一年は大切な物だったらしい。二人には全くそんな感情はないのだが。
「じゃあお昼はまた間宮さんのところに集合だね。」
去年は宮島が二人の間にいたのだが、今年はそれもない。しかし、まるで三人で集まるのは決定事項かのよう。
「別に私は宮島と二人でもいいんだけど」
わざわざ嫌っている人と一緒に食べる理由はない。羽唯は不貞腐れたように言った。
しかし、実際は故意に誰か一人を省いたことは一度もない。三人でいることが平和で、三人でいることこそが平穏だと三人ともが自覚しているからだ。
「そうしたら宮野くんが一人になっちゃうでしょ。三人なんだから、誰かがひとりぼっちにならないようにしようっていつも言ってるじゃん」
宮島は呆れたように言う。このやりとりももう何度目かわからない。
「俺は別にいいけどな。間宮が一人ぼっちでも気にしないよ」
「こら、宮野くんも!」
宮島から怒りの表情が見えると、今度は二人とも黙り込む。この後の流れはもうお決まりだ。
宮島から小言を述べられながらそれを二人して無視する。終いには、二人で会話を始めてしまう。
側からみれば、間宮と宮野のどこが仲悪いかなんてわからない。むしろとても仲がいいとさえ見えるのではないだろうか。
「お前、前言ってた格ゲーいつやんの?」
「あー今日でもいいよ。今日お兄ちゃん帰ってこないし。」
「宮島は?」
ブツブツ普段の二人に対して小言を述べている宮島に、二人は会話の輪を広げる。
「なんの話?」
こうしてまた、一つのフラフープの中に、三人がきっちり収まった。
「あたしんちの格ゲーの話」
「ああ、ちょっと前に話してたやつね。今日やるの?」
「宮島が良ければ?多分、宮野は予定なんてないよね」
決めつけたように言うが、実際宮野に大した予定があったことは去年一度もなかった。宮野も、間宮の言葉に静かに頷く。
「僕も大したのはないなー。間宮さんの家がいいならこの後お邪魔しようかな。」
「じゃ、決まりね!お昼どっかで食べてあたしの家行こう」
そして、三人はまた並んで歩き出した。




