海
流れで早退して、流れで海まで来てしまった。でも、あんな言い合いをした後に、二人で出かけるのも気まずいものだが、ああ言ってしまった以上仕方ない。電車の中でも一言も話さなくて、海に来るまでも、必要最低限の会話しかしなかった。
「夏だな」
先に口を開いたのは宮野の方だった。
「うん。高校生ってさ、夏休みに海来てバーベキューとかするのかな?」
「したいの?」
「うーん、まあちょっと。でも現実はそううまくいかないでしょ。」
「なんで」
「バーベキューセットとかどうやって用意するの」
それ以上会話を続けるわけでもなく、じっと海を見つめる。
「前、宮野に聞いたっけ。あたしがいなくなったらどう思う?って」
「ああ。普通に、嫌だと思うよ」
宮野の答えに、羽唯はにっこり笑う。
「じゃああたしが今、海に飛び込んで死にたいって言ったら、宮野はあたしを止める?」
「…………」
「あたしたまにね、ほんとに天使になってやろうかって思うよ。こんな醜くて汚い自分でも、感情を失ったら、脳が機能を停止したら、体だけが残ったら、天使になれるんじゃないかって。」
「なれない。間宮は人間だ。誰より泥臭くて、疑い深くて、人を信用しない。俺と同じ、人間だよ。」
「心に触れられるのを嫌がって、遠く離れる。他人に自分を知られて嫌われるのが嫌で、本当の自分を見せようとしない。宮島にも、高本にも、俺にも。お前、多少猫被ってるだろ。俺も、本当のお前をよく知らない。言葉遣いが汚くて、態度が悪くて、虚勢を張ってれば、誰も自分のことを深く知ろうだなんて思わない、とか考えてた?」
崩れていく。自分だと思っていた何かが。
「俺は、お前にどれだけ嫌われたって、距離取られたって、多分、友達のままでいる。宮島が俺らと絡まなくなっても、多分俺はお前と友達でいる。ずっと、本当のお前は何を思ってるんだろうって考えながらも。多分、間宮から離れようとは思わない。いつか、お前の本性を知って、本当のお前は俺のことどう思ってるか聞いて、猫かぶってるお前と大して変わんないじゃんって後悔する。」
「別に猫かぶってないし。あたしはあたし。間宮羽唯。隠してる本性なんてないし、いつも宮野たちに見せてる自分しかいない。」
「どうかな。それは俺が決める」
「意味わかんない」
「わかんなくていい」
「キモい」
「お前俺のこと嫌いだもんな」
「…………」
ザア……と波が行き来する音と、強い風。日も暮れてきて、六月にしては少し肌寒い。
「俺はお前のこと嫌いじゃないよ」
「えっ」
「もう帰るか。親御さん心配すんだろ」
「待って」
「急がねーと電車間に合わん。俺が怒られる」
宮野に腕を引っ張られながらズンズン来た道を戻る。「嫌いじゃない」って何。聞きたい。なんで。
全部が宮野のペースで進んでいって、言われるだけ言われた感。
あたしも本当は……
「嫌いじゃない」って言えたらよかったな……。
帰りの電車も、無言だった。
スマホを見ると、宮島や陽葵からいくつかメッセージが来ていた。学校から出てそのままだったから、通知を切っていて、気づかなかった。その中には、クラスの打ち上げに来ないか、という話もあって。途中で抜け出したんだし、行くわけがないけど。二人には悪いことをした。
隣で目を閉じている宮野に視線をやり、羽唯もそっと目を閉じた。
多分今日のことは忘れない。嫌な思い出も、いい思い出も、今日でたくさんできた。結局最後は全部、宮野に持って行かれて。数日後、数週間後、数年後、この日のことを考えたら、きっと宮野の顔が一番に思い浮かぶんだろうな。




