助けて宮野
各団のパフォーマンスは無事終了し、最後に残ったのは選抜リレー。
羽唯は宮野を連れてグラウンドに向かった。
「俺お前の次だから反対だわ」
400メートルのトラックを半分走って次の人に交代するルール。羽唯の次は宮野だ。羽唯のゴール地点である反対側のテイクオーバーゾーンに宮野がいることになる。
「いってら」
もう選手たちは並ぶそうで、羽唯と宮野はすぐに別れた。
リレーが始まる。最初に走るのは一年生女子。男女交代の順番で走ることになっている。羽唯の相手ももちろん女子だ。
接戦のままバトンが渡っていく。順位は赤、黒、黄、青、白。
黒は何度か赤を抜かそうとしているが、叶わない。黄色も黒に追いつこうと必死になっている。一方で、青と白は他より離れていて、二つで下位争いをしているようだ。
羽唯の順番が回ってきた。隣には、黄色の女子が並んでいる。
「間宮さーん!がんばれ〜!」
宮島が羽唯を応援する声が聞こえる。自分のチームの人が隣にいるのに大丈夫なのか。
それでも、宮島の応援の声は嬉しかった。
「間宮さん!」
同じクラスの男子にバトンを渡されたとき、安心して前に体を向き直した。後ろを、横を見ていなかった。
ズドンッ!!
一瞬、何が起きたかわからなかった。痛みと衝撃で、自分が転けたことに気づくのに時間がかかった。
前を見た。黄色のTシャツを着た3組の知らない女の子が一生懸命走っている。
(ああ、走らなきゃ……)
使命感だけで、責任感だけで、痛む足を必死に動かした。羽唯にバトンを渡してくれた男の子が、羽唯のことを心配する声が聞こえる。
(ごめん宮島。ごめん宮野。)
走った。こんなに全力で走ったのは中学の部活以来だ。
3組の女の子に近づく。あと一歩というところで追い抜かせない。
悲しい。悔しい。
「間宮!」
宮野がテイクオーバーゾーンの一番手前まで来て、手を伸ばしている。
トン。
羽唯のバトンを宮野に託した。宮野はそれに応えるように走っていく。その後ろ姿が遠い。あいつ、どんだけ早いんだよ。
「間宮さん、大丈夫?」
生徒会の先生が、走り終わってトラックの中に入った羽唯に声をかける。
「大丈夫です。」
それより、気になった。なんであんな場所で転けたんだ。羽唯は問題なくスタートを切った。そのはずなのに。
隣に並ぶ、3組の女の子が視界に入った。羽唯の方を見て笑っている。ニヤニヤと、笑っている。
(ああ、女の子って怖いなあ……あたしがあなたに何をしたの。なんでそんなことしたの。)
ーーなんとなくわかる。それが嫌だった。学年の天使だとか言われても、現実はこう。なんのメリットもない。何が楽しいの。あたしで遊んで何が楽しいの。あたしがいつそうやって呼ばれたいと言ったの。どこを見て天使だとか言ってるの。あたしの何が天使なの。今も、あの女の子が転べばよかったのに、って。あの子がバトンパスミスればよかったのに、って。あの子がいなければよかったのに、って。こんな最悪なこと思ってる。あたしのどこが天使なの。誰よりも汚くて、誰よりも醜い。あたしが。
「間宮っ!!」
聞き慣れた声に名前を呼ばれ、振り向く。
「宮野……。」
走り終わって、羽唯のところまで来てくれたんだ。
「保健室行くぞ」
羽唯の姿を見て、宮野が言う。今の羽唯は、膝から血が出ていて、頬も少し傷がついている。左肘も擦りむけていて、今にも血が出そうだ。
「でも、開いてない」
体育祭中は、学校への立ち入りが基本的に禁止されている。養護教諭の館屋先生も、救護テントにいる。
「館センに鍵もらうわ」
ほら、と言って、宮野の背中に乗るのを促される。渋々従うと、羽唯が乗ったのを確認した宮野が立ち上がって、トラックを走る選手の場所を見ながら、突っ切っていく。
「いいの?トラック通って」
「いいだろ。こういうときくらい」
「そう」
なんだか居た堪れなくて、宮野の肩に頭を埋めた。宮野の匂いがする。宮野の匂いは嫌いじゃない。むしろ、割と好き。落ち着いていて、安心する。雨の日にカフェで本を読んでいるみたいな、そんな匂い。宮野に言ったら、何言ってんの、って言われそうだけど。そんな、落ち着く匂いがした。
途中救護テントに寄って、館屋先生に要件を伝えると、何も言わずに鍵を貸してくれた。
宮野によって保健室のベットに下ろされた羽唯は、靴下も脱いで、綺麗な足を揺らしている。保健室のベットは、これで2回目だ。前回も、宮野に連れて行かされたっけ。
「おい、動かすな。」
水で濡れたコットンを持っている宮野に下から睨まれる。大人しく動きをとめ、傷口を拭かれることにした。
「うっ」
水が染みて痛い。
「我慢しろ、消毒液の前に慣れとけ」
本当に優しさのかけらもない男だ。きっと、漫画の王子様なら「痛かったね、大丈夫?」と言って心配してくれる。
「ねえ、あたしが転けた理由、知ってる?」
流石に、あの煽り癖のある宮野でも、今回は煽ってこなかった。
「……見てた。」
「そっか」
やはり、知っていたか。ならば宮野が下手に羽唯のことをイジれないのも仕方ない。
「ねえ、あたしはなんで転かされたんだろう?」
羽唯の問いかけに宮野は答えない。それはお互い、十分わかっているから。
「学年の天使って何?みんなの前で転かされて、見せ物にされるためにあたしはそう呼ばれてるの?」
人気がある反面、羽唯や宮野のことを偏見で嫌う人も多い。羽唯も宮野も、一度も自らそう呼ばれたいだなんて言っていない。人気になりたいなんて思ってないし、嫌われても仕方ないとか思えない。
「あたし、あの子に何もしてないよ。なんであんなことされたのかわかんない。あたしのことが嫌いだからって、大事なところで転かす……?」
今までずっと溜め込まれていた羽唯の叫び。本音が漏れるとともに、涙が溢れる。
ポタ、と宮野の右手に羽唯の涙が落ちた。
「ねえ宮野。なんか言ってよ、なんで何も言わないの」
そっと、宮野の手が、擦りむいた羽唯の頬を抑えた。
「このまま、二人でどっか行くか。スマホと金だけ持って。海まで行く?北海道でも、沖縄でもいいよ。日本から出たいなら出てもいいし、田舎でゆっくりしたいならそれでもいい。」
「海がいい」
「じゃあ海な。」
「本当に行くの?」
「行くだろ」
「いつもの冗談じゃなくて?」
「冗談のほうがよかったか?冗談じゃなくて、ちゃんと、お前が連れてけって言うなら俺はどこでも行くよ」
なんで宮野は羽唯に優しいのか。今この学校の中で、宮野だけが羽唯の味方だ。
「なんで」
「はあ?海行きたいつったろ」
「そうじゃなくて!なんで……宮野はあたしに優しいの?」
「俺が俺自身のこと嫌いだから。間宮は俺に似てる。だから、間宮のことも嫌い。それだけ」
「意味わかんない、嫌いなら、なんでこんなことするの?」
羽唯の頬に置かれた宮野の手に、自分の手を重ねた。
「嫌いなら、なんで振り払わないの」
羽唯は宮野が嫌いだ。でも、自分の頬に触れる手を、払いのけることはしなかった。
「俺はずっと思ってたよ。言わなかったし、言う気もなかったけど。お前が知りたいっつーから」
「間宮俺のこと嫌いなんだよね?なんでわざわざ教室で話しかけてくるの?宮島は見てないから、宮島の前でだけ一緒にいればいいじゃん。なんで俺が触れても離れないの?嫌いな男に触られたくないでしょ。なんで俺に可愛いって言ってもらえなくて拗ねてたの?普通女子はさ、嫌いな男にそんなこと言われたくないんだよ。気持ち悪い、って。どっか行けって言うんだよ。なんでお前は、」
「ほんと、そういうとこが大っ嫌い」
今度こそ、羽唯が宮野の手を振り払うかと思った。
「理由がないといけないの?嫌いだけど、友達じゃいけないの?」
さらに、強く、宮野の手を握った。宮野の体が固まる。
「ねえ、今からほんとに海行こうよ。連れてってくれるんでしょ?」




