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嫌いな宮野  作者: 陽夏
体育祭編
26/28

助けて宮野


 各団のパフォーマンスは無事終了し、最後に残ったのは選抜リレー。

 羽唯は宮野を連れてグラウンドに向かった。


 「俺お前の次だから反対だわ」

 400メートルのトラックを半分走って次の人に交代するルール。羽唯の次は宮野だ。羽唯のゴール地点である反対側のテイクオーバーゾーンに宮野がいることになる。

 「いってら」

 もう選手たちは並ぶそうで、羽唯と宮野はすぐに別れた。



 リレーが始まる。最初に走るのは一年生女子。男女交代の順番で走ることになっている。羽唯の相手ももちろん女子だ。

 接戦のままバトンが渡っていく。順位は赤、黒、黄、青、白。

 黒は何度か赤を抜かそうとしているが、叶わない。黄色も黒に追いつこうと必死になっている。一方で、青と白は他より離れていて、二つで下位争いをしているようだ。


 羽唯の順番が回ってきた。隣には、黄色の女子が並んでいる。

 「間宮さーん!がんばれ〜!」

 宮島が羽唯を応援する声が聞こえる。自分のチームの人が隣にいるのに大丈夫なのか。

 それでも、宮島の応援の声は嬉しかった。


 「間宮さん!」

 同じクラスの男子にバトンを渡されたとき、安心して前に体を向き直した。後ろを、横を見ていなかった。


 ズドンッ!!


 一瞬、何が起きたかわからなかった。痛みと衝撃で、自分が転けたことに気づくのに時間がかかった。

 前を見た。黄色のTシャツを着た3組の知らない女の子が一生懸命走っている。


 (ああ、走らなきゃ……)


 使命感だけで、責任感だけで、痛む足を必死に動かした。羽唯にバトンを渡してくれた男の子が、羽唯のことを心配する声が聞こえる。


 (ごめん宮島。ごめん宮野。)


 走った。こんなに全力で走ったのは中学の部活以来だ。


 3組の女の子に近づく。あと一歩というところで追い抜かせない。

 悲しい。悔しい。


 「間宮!」

 宮野がテイクオーバーゾーンの一番手前まで来て、手を伸ばしている。


 トン。


 羽唯のバトンを宮野に託した。宮野はそれに応えるように走っていく。その後ろ姿が遠い。あいつ、どんだけ早いんだよ。

 「間宮さん、大丈夫?」

 生徒会の先生が、走り終わってトラックの中に入った羽唯に声をかける。

 「大丈夫です。」

 それより、気になった。なんであんな場所で転けたんだ。羽唯は問題なくスタートを切った。そのはずなのに。

 隣に並ぶ、3組の女の子が視界に入った。羽唯の方を見て笑っている。ニヤニヤと、笑っている。


 (ああ、女の子って怖いなあ……あたしがあなたに何をしたの。なんでそんなことしたの。)


 ーーなんとなくわかる。それが嫌だった。学年の天使だとか言われても、現実はこう。なんのメリットもない。何が楽しいの。あたしで遊んで何が楽しいの。あたしがいつそうやって呼ばれたいと言ったの。どこを見て天使だとか言ってるの。あたしの何が天使なの。今も、あの女の子が転べばよかったのに、って。あの子がバトンパスミスればよかったのに、って。あの子がいなければよかったのに、って。こんな最悪なこと思ってる。あたしのどこが天使なの。誰よりも汚くて、誰よりも醜い。あたしが。



 「間宮っ!!」


 聞き慣れた声に名前を呼ばれ、振り向く。

 「宮野……。」

 走り終わって、羽唯のところまで来てくれたんだ。

 「保健室行くぞ」

 羽唯の姿を見て、宮野が言う。今の羽唯は、膝から血が出ていて、頬も少し傷がついている。左肘も擦りむけていて、今にも血が出そうだ。

 「でも、開いてない」

 体育祭中は、学校への立ち入りが基本的に禁止されている。養護教諭の館屋先生も、救護テントにいる。

 「館センに鍵もらうわ」

 ほら、と言って、宮野の背中に乗るのを促される。渋々従うと、羽唯が乗ったのを確認した宮野が立ち上がって、トラックを走る選手の場所を見ながら、突っ切っていく。

 「いいの?トラック通って」

 「いいだろ。こういうときくらい」

 「そう」

 なんだか居た堪れなくて、宮野の肩に頭を埋めた。宮野の匂いがする。宮野の匂いは嫌いじゃない。むしろ、割と好き。落ち着いていて、安心する。雨の日にカフェで本を読んでいるみたいな、そんな匂い。宮野に言ったら、何言ってんの、って言われそうだけど。そんな、落ち着く匂いがした。



 途中救護テントに寄って、館屋先生に要件を伝えると、何も言わずに鍵を貸してくれた。


 宮野によって保健室のベットに下ろされた羽唯は、靴下も脱いで、綺麗な足を揺らしている。保健室のベットは、これで2回目だ。前回も、宮野に連れて行かされたっけ。

 「おい、動かすな。」

 水で濡れたコットンを持っている宮野に下から睨まれる。大人しく動きをとめ、傷口を拭かれることにした。

 「うっ」

 水が染みて痛い。

 「我慢しろ、消毒液の前に慣れとけ」

 本当に優しさのかけらもない男だ。きっと、漫画の王子様なら「痛かったね、大丈夫?」と言って心配してくれる。


 「ねえ、あたしが転けた理由、知ってる?」

 流石に、あの煽り癖のある宮野でも、今回は煽ってこなかった。

 「……見てた。」

 「そっか」

 やはり、知っていたか。ならば宮野が下手に羽唯のことをイジれないのも仕方ない。

 「ねえ、あたしはなんで転かされたんだろう?」

 羽唯の問いかけに宮野は答えない。それはお互い、十分わかっているから。


 「学年の天使って何?みんなの前で転かされて、見せ物にされるためにあたしはそう呼ばれてるの?」


 人気がある反面、羽唯や宮野のことを偏見で嫌う人も多い。羽唯も宮野も、一度も自らそう呼ばれたいだなんて言っていない。人気になりたいなんて思ってないし、嫌われても仕方ないとか思えない。


 「あたし、あの子に何もしてないよ。なんであんなことされたのかわかんない。あたしのことが嫌いだからって、大事なところで転かす……?」


 今までずっと溜め込まれていた羽唯の叫び。本音が漏れるとともに、涙が溢れる。

 ポタ、と宮野の右手に羽唯の涙が落ちた。


 「ねえ宮野。なんか言ってよ、なんで何も言わないの」


 そっと、宮野の手が、擦りむいた羽唯の頬を抑えた。


 「このまま、二人でどっか行くか。スマホと金だけ持って。海まで行く?北海道でも、沖縄でもいいよ。日本から出たいなら出てもいいし、田舎でゆっくりしたいならそれでもいい。」


 「海がいい」

 「じゃあ海な。」

 「本当に行くの?」

 「行くだろ」

 「いつもの冗談じゃなくて?」

 「冗談のほうがよかったか?冗談じゃなくて、ちゃんと、お前が連れてけって言うなら俺はどこでも行くよ」


 なんで宮野は羽唯に優しいのか。今この学校の中で、宮野だけが羽唯の味方だ。


 「なんで」

 「はあ?海行きたいつったろ」

 「そうじゃなくて!なんで……宮野はあたしに優しいの?」

 「俺が俺自身のこと嫌いだから。間宮は俺に似てる。だから、間宮のことも嫌い。それだけ」

 「意味わかんない、嫌いなら、なんでこんなことするの?」


 羽唯の頬に置かれた宮野の手に、自分の手を重ねた。


 「嫌いなら、なんで振り払わないの」


 羽唯は宮野が嫌いだ。でも、自分の頬に触れる手を、払いのけることはしなかった。


 「俺はずっと思ってたよ。言わなかったし、言う気もなかったけど。お前が知りたいっつーから」



 「間宮俺のこと嫌いなんだよね?なんでわざわざ教室で話しかけてくるの?宮島は見てないから、宮島の前でだけ一緒にいればいいじゃん。なんで俺が触れても離れないの?嫌いな男に触られたくないでしょ。なんで俺に可愛いって言ってもらえなくて拗ねてたの?普通女子はさ、嫌いな男にそんなこと言われたくないんだよ。気持ち悪い、って。どっか行けって言うんだよ。なんでお前は、」


 「ほんと、そういうとこが大っ嫌い」

 今度こそ、羽唯が宮野の手を振り払うかと思った。


 「理由がないといけないの?嫌いだけど、友達じゃいけないの?」


 さらに、強く、宮野の手を握った。宮野の体が固まる。



 「ねえ、今からほんとに海行こうよ。連れてってくれるんでしょ?」

 



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