火照る水無月
「お望み通り、ピエロになってやりましたよ?」
被っていた黒い帽子を手に取り、顔の半分を隠す。その動作はどこか妖艶で、目に留まった。宮野らしくない仕草ではあったものの、宮野のビジュアルにあっていないとは思わない。
「かっこよかった、……これで満足?」
今度は宮野の思惑に、というか、言わされた。いや、言わなくてもよかったのだが。宮野の求めている言葉が、一瞬でわかってしまった。それを言った時、宮野がどんな顔をするのか、気になったのもきっとある。
普段なら絶対に言わない言葉。人前でそんなことを言わされて、羽唯の羞恥心はカンストした。羽唯が自分でわかるくらいに顔は熱くて、側から見たら赤くなっていたりするのだろうか。
宮野は競技に出る前の微笑みに似た、でも全く同じではない顔をしていた。共通しているのは、嬉しそうだということだけだろうか。
「なんだ、ちゃんと言えるんじゃん」
両手を羽唯の頬に添えて、しっかりと顔を合わせる。今にも、額が触れそうな距離。
空気が熱い。まだ6月だというのに。
体が暑い。熱があるわけでもないのに。
ちょっとだけ、頭がクラクラするような気もする。
「あんだけ誘導したのに言えねーなら手でも縛ってやるとこだった」
ニヤリと笑って、羽唯の頬に添えていた右手を離すと、ポケットから銀色に輝くものが取り出された。それは紛れもない、警察官が常備しているもの……。
「俺もびっくりした。服持ってみたらなんか重くてさ、ポケット見たら入ってた」
そんな落とし物を拾ったみたいな感じで言われても、羽唯はこれで縛ってやる、とか言われた後なので面白くもなんともない。そんな物騒なもの、早くどこか持っていってほしい。なんでこいつを後にしたんだ。更衣室意地でも空けてやれよ。
「早く行って来い!!」
宮野伊吹は、基本的に無表情だ。仏頂面で、何を考えているのかわからない男。成績優秀で、見た目も良くて。それに運動神経も良くて、なんでも卒なくこなしてしまう。まさに才色兼備。
そんな男なのだが、宮野伊吹は、間宮羽唯の前でだけは、そうではない。饒舌で、表情豊かで、子供みたいな笑顔を見せたり、悔しい時はムッとした顔を見せたり、悪いことを考えている時の表情はわかりやすかったりする。いつだって喧嘩を売ってきて、羽唯の売る喧嘩は必ず買って。負けず嫌いで、ゲームでは勝つまで終わらせてくれないし、羽唯に見下ろされるのが嫌なのか、エレベーターでは必ず一段下に乗るし。
間宮羽唯も、宮野伊吹の前では、素の自分でいられた。外で取り繕っているかと言われれば、そうではないが、喧嘩っ早い羽唯を、負けず嫌いでプライドが高くて、若干人のことが嫌いな羽唯を何も言わずに受け入れたのは宮野くらいで。
宮野伊吹のことは大嫌いだ。
いっつも余裕そうな顔をして、羽唯ばかり焦らされて。羽唯が困っていると、必ず口を挟んできて。いらない心配までしてきて。女の子らしくないとか、もっと女らしくとか一言も言わない。間宮羽唯という人間を下手に探らずに、ちょうどいい距離で接してきて。
困るんだ。どうしたらいのかわからない。
羽唯に向ける優しさは全部冗談?羽唯との喧嘩にはなんの意味もなく、ただ宮野のストレス発散に使われているだけ?
なんであの時、羽唯の手を引いたのか。なんであの時、羽唯を見つめていたのか。なんであの時、羽唯の手を振り払わなかったのか。なんで、なんで、なんで。わからない。わかりたくない。困る。困るんだ。
羽唯は宮野が嫌いだ。嫌い、嫌い、大っ嫌いだ。
宮野は?本当に羽唯のことが嫌いなのだろうか。
嫌いだったら、あんなことするか?
嫌いだったら、あんな言葉を羽唯にかけるか?
嫌いだったら、あんなに優しい目を向けるか?
羽唯には宮野伊吹がよくわからない。
彼の行動がわからない。
彼の考えがわからない。
わからないから、嫌いだ。
「災難だね……」
「ほんとだよ…」
羽唯の苦労をわかってくれるのはきっと、陽葵だけだ。宮野のせいで注目されて、2人の会話が気になってテント内が静かになって…………ん?
「えっ…もしかして、聞こえてた……?」
「あんなに騒いでるとね……全部聞こえてた」
穴があったら入りたい……。恥ずかしくて死にそうとはきっとこのことだ。みんなに聞かれていたんだ。宮野にかっこいいと言ったことも、宮野が手錠で縛るとか言ってたことも、宮野と顔を合わせていたことも、全部、全部。
宮野といた時より、熱くなる体。忘れたい。忘れたくない。恥ずかしい。全部なかったことにしたい。したくない。
そんな考えが脳を渦巻いて、夏の暑さに、今にも酔いそうだ。




