ピエロ
宮野が女子たちに連れて行かれて、クラステントは静かになった。
「ほんと、どうしようかと思った。だって、宮野くん羽唯が来るまで何も喋らなかったんだよ?」
陽葵は今にも喧嘩が起きそうだとか、心配してくれていたらしい。そんな風に言われると、ウチの宮野がすみません、って感じだ、ほんと。宮野は羽唯のものでもないし、羽唯も宮野なんていらないけど。
「でも羽唯の一言で場が収まったし!あんな緩い顔見せられたら安心だよ」
羽唯が来てから口論が始まったんだし、羽唯が来たことで収まったかと言われるとどうかわからない。それに、緩い顔とは微笑みのことだろうか。確かに宮野の笑顔には種類がある。悪戯や羽唯と喧嘩してる時のニヤニヤした顔に、飛び出しガールの田代ちゃんの時みたいな本気で笑った顔、さっきみたいなすこし口角をあげた顔。それらを並べたなら、あれが優しいと言われるのも頷ける。
「あたしは宮野のコスプレ見たいだけだから」
仮装競争の衣装は生徒会で代々受け継がれるものから、今期の生徒会が新しく購入するものまであるはずだ。その中で何が当たるかはランダムだが、宮野のことだ。かっこいい衣装じゃ黄色い悲鳴で溢れるだろうし、どうせなら着ぐるみとか面白いのを着てほしい。意外とメイドとかでも悲鳴が起きそうなのが宮野なんだよな……。
そうこうしているうちに、女子が走り出す。羽唯の予想通り、このクラスの女子枠は田代ちゃんだった。着替えブースに入った田代ちゃんが出てくるまでは何分かかるだろうか。どの衣装も基本体操服の半袖半ズボンの上から着られる仕組みになっているはず。
「田代ちゃんって宮野のこと好きなの?」
少し気になってはいたが、本人に直接聞ける羽唯でもないので、知っていそうな陽葵に聞いて見た。
「あー、どうだっけ。ファンではあるけど、ガチ恋かどうかは知らないな」
陽葵の言うガチ恋、はアイドルや芸能人によく使われる言葉だと羽唯は認識している。だって一般人の羽唯たちがわざわざ恋することをガチで恋してる、なんて言わないから。しかし、あの宮野ともなれば、校内ではそういった扱いを受けるのかもしれない。末恐ろしい話だ。
「気になるの?」
「いや、うーん……」
曖昧な返事になってしまったが、これには理由がある。最近、どうも誰かに見られている気がしてならないのだ。去年もストーカー騒動はあったが、それとはまた違った視線、というかストーカーみたいに帰り道とか1人のところじゃなくて、教室や、朝宮野といたりすると感じる視線。宮野のファンだろうと最初は思っていたのだが、それにしては生ぬるいと言うか、見守られてる?ような感じもする。実際、その視線を感じるようになってから羽唯に直接被害が及んだことはない。
「やっぱなんでもない、忘れて」
羽唯が再び前を見ると、田代ちゃんが着替えブースから出て走っている。衣装はナースだ。なかなか可愛いじゃないか。羽唯は人と関わるのが面倒くさいから、基本的に言わなし、顔にも出さないが、面食いだ。綺麗な顔が好きだ。自分自身も含めて、美しい顔というのは、見ていて飽きない。田代ちゃんも、顔だけは羽唯の好みに当てはまる。
その中でも、やはり宮野の顔はいい。バランスが良くて、各パーツごとも優秀。肌質も良くて、髪も綺麗で。色白で、真っ黒な黒髪がキリッとした雰囲気を増長させて。羽唯がこの世で一番好きな顔と言っても差し支えないほど、宮野の顔は羽唯にとって素晴らしいものだった。それはもう芸術品のような。額縁の中に飾られているなら、そっと優しく撫で、その美術品をうっとりと何時間でも鑑賞できるような。
「次、宮野くんだよ」
陽葵の声で、考え込むのをやめ、しっかりと宮野の醜態を受け入れられる準備をする。変に期待しているせいか、心臓が大きく脈打つ。どくどくと音を立てるそれを落ち着かせて、じっとグラウンドの反対側にいる宮野を見つめる。
着替えブースから出てくるなり、歓声、というか、女子たちの悲鳴が上がった。これはそう、黄色い悲鳴とかじゃなくて、絶叫だ。バンジージャンプを飛ぶ時とか、お化け屋敷で幽霊に追いかけられた時とか、そういう時の。
当の本人の宮野というと、暑そうに汗をかいているが、表情は涼しいまんまだ。彼が当たった仮装は、警察官。コスプレの衣装は、本来のそれより薄い生地で作られているだろうが、体操服の上に着ていると思うと、だいぶ暑そうだ。
羽唯は警察官の姿で走る宮野の姿をじっと目に焼き付けた。期待していたような面白いものではなかったが、羽唯にとっては、宮野がコスプレしていること自体が面白いので大きな問題はない。
これは流石にかっこいいと言わざるを得ない。顔もスタイルもモデルに匹敵するアイツだ。似合わないわけがない。
その瞬間、女子も男子も、出場者も観戦者も、生徒も教師も、みんなが宮野に釘付けになったことだろう。
「はぁ、暑すぎだろ……この衣装」
羽唯の目の前には、コスプレの警官服を指で掴みパタパタしている宮野。
「なんで……?」
「あ?更衣室詰まるから順番だって」
さっき説明しただろ、と言われるが羽唯が聞きたいのはそういうことじゃない。更衣室が詰まっているなら、その近くの日陰で待機していればいいのに。というか、中に体操服着てるなら脱げばいいのに。汗で少し濡れている、全身を黒に包んだこの男は、なんというか、危険だ。こんなところにそんな格好でいるな。クラスの女子たちが緊張のあまり話せなくなっているじゃないか。
「で?感想は?」
「は、」
何を求めるかと思えば。感想?競技に勝ったことか、それとも羽唯の思惑通りに宮野が競技に急遽出場したことか、全くキャラじゃないコスプレを宮野がしたことか。はたまた、大地震が起こったかとすら思った悲鳴の数か。
「お望み通り、ピエロになってやりましたよ?」




