自販機
「いくら?」
自販機を眺める羽唯の横で、上森が財布から小銭を取り出そうとしている。
「ん〜とりあえず1000円か500円入れてよ」
そんな高いのないけど!?と戸惑いながらも500円玉を自販機に入れてくれた。
ポチ、ポチ、ポチとリズムよくボタンを押していく。最後の一つは、癖のない、誰もが好みそうなサイダーにしておいた。目を点にしている上森を振り返ると、羽唯はニシシ、と笑って見せる。
「誰もあたしの分だけって言ってないでしょ?」
小悪魔のような悪戯な顔をする羽唯を見て、上森も怒る気にはなれなかった。
「あー、俺も買えばよかったな。」
自販機から離れ、テントに向かっている最中、上森がそんな言葉をこぼした。
「何言ってんの?あたしあんたの分も買ったじゃん」
「え、だって、羽唯ちゃん、陽葵、瑛斗、宮野でしょ?」
上森は、確認するように羽唯が持っているペットボトルを順番に指さしていく。
「誰がアイツのをあんたに買ってもらうの。これはあんたのぶん」
そう言って、羽唯は最後に選んだサイダーを上森に手渡した。
「え……羽唯ちゃんが俺に!?」
もとはといえば、上森のお金なので羽唯が上森に買ったわけではない。それでも上森は嬉しそうな顔をしている。
「サイダー嫌いだった?」
羽唯の問いかけに、上森は恥ずかしそうに頬を掻く。
「ううん、羽唯ちゃんが俺を頭数に入れてくれてたのが嬉しくて」
左手で2本、右手で1本のジュースを持っていた羽唯は、自分より少し上にある上森の頬に、右手で持っていたそれを当てた。
「えっ、何!?冷たっ」
「宮島の友達なんでしょ?陽葵の幼馴染でもあるし」
ふふん、と笑う羽唯は太陽の元で輝く天使みたいだった。
「……羽唯ちゃんって案外俺のこと嫌いじゃないよね?」
その問いには答えなかった。聞こえなかったわけじゃない。羽唯の近くには、よくそうする男がいる。それを見る度に、羽唯はこう言っていた。無言は肯定、と。
上森と一緒に、宮島のいる3組のクラステントに行き、宮島が好きなぶどうの炭酸ジュースを投げてきた。
陽葵や宮野のいる4組のテントまで上森がついてくるとか言っていたが、断っておいた。陽葵がどういう顔をするかわからないし。
「ただいま〜」
「羽唯っ、」
陽葵が、なにやら神妙な面持ちで羽唯を捉えた。
「どうしたの?なにかあった?」
これには羽唯もすぐに気づき、周りを見渡す。宮野がテントの奥で女子に絡まれているようだ。
「宮野くんがっ、」
焦っている陽葵とは正反対に、羽唯は動じないというか、冷静だ。
だって女子に絡まれてるだけ。いつものこと……ではないが、そんなにおかしな光景でもない。
「お願いっ、ほんと、宮野くんしかいないの!」
「やんねーよ」
陽葵が焦るほどだから、会話の内容が気になって近づいてみたが……告白か?これは。
「間宮さん!宮野くん説得してくれない?」
羽唯がその光景を飲み込まないでいると、宮野に何かをお願いしていた女子は今度は羽唯に声をかけてきた。
「何を?」
今まで全く話したことのなかった女子だが、一応話は聞いてみることにした。
「宮野くんに、仮装競走出て欲しいの!」
……………ん?
「えっ、と…?」
とりあえず、状況を飲み込むのに時間がかかった。仮装競走の出場選手は決まっているはずだし、今更宮野に行ったって無駄なはずだ。
「蒼井くんが怪我しちゃって!代わりに出れる人探してるの!」
なるほど。もともと出場予定だった選手が、出場できなくなったのか。なぜ宮野なのか、と質問するのはいささか無粋といったものか。
しかし、羽唯に頼んだところでどうなる?宮野は羽唯の言うことを聞いたりするわけでないし、羽唯の発言は宮野にとって毛ほどの効力もない。
「やれば?」
「……お前が出て」
「なんでだよ。あんた選抜だけじゃん。あたしさっき借り物でたよ」
「めんどい」
「知らねーよ。この状況も随分めんどくさいだろ」
「だから代わりに出て」
「バカか」
大勢の女子に囲まれながら羽唯と宮野は口喧嘩を始める。中には、飛び出しガールこと田代ちゃんの姿はなかった。田代ちゃんも仮装競走に出場するのだろうか。
「それで……宮野くん、出てくれるかな?」
集まっている女子たちの代表のような子が、見事な上目遣いを宮野にする様子を見て、羽唯はゲッ、と口から溢れそうになった。咄嗟に手で覆った口元を緩め、出かけた空気を飲み込む。なんと返すのかと宮野に目を向けると、なぜか目が合う。
「お前は?」
「はい?だからあたしは出ないって言ってるじゃん」
「違う。そーゆーことじゃなくて」
じゃあなんなんだ。宮野の欠点は悪口の他にもう一つある。圧倒的に言葉が足りない。わかるだろ?とか言いそうだからあえて聞いてやらないでいるけど、普段からちょくちょく何が言いたいのかわからないことがある。
「間宮は、俺に出て欲しいの?」
顔がいいことを自覚しているコイツはタチが悪い。少し首を傾げて、いつもより口角を上げて。きっと、羽唯が肯定しさえすれば、この男は目を細めて微笑むんだろうな。それは残念なことに、当初の羽唯の思惑と合致した。
「出て。宮野のコスプレ見たい」
宮野の反応は予想通りだった。そこに言葉はなかった。ただ、羽唯の頭に優しく乗せられた手は暖かい。
「で?俺はどこに行けばいいの」
羽唯しかとらえてなかった瞳で、集まっていた女の子たちに声をかける。宮野から声がかかったことか、さっきの表情を見ていたのか、女の子たちの顔は真っ赤だった。それでも、宮野の体は羽唯の方を向いていて、それが変わることはない。




