賭け
「ふぅーん。じゃあ、俺羽唯ちゃんのこと狙っていい?」
そういうのは、聞くものじゃないと思うが、これはきっと冗談なのだろう。あまりにも軽く言われるものだから、告白されるのに慣れた羽唯も、少しイラッとした。
「あなたみたいな人、最初からお断り。そんなことよりあなた……」
羽唯はずっと聞きたかったけど、あの場で聞けなかったことを質問する。
「陽葵とどういう関係なの?」
その質問を聞いた瞬間、上森が面食らったような顔をした。
陽葵が聞かれたくなさそうだったから、上森に聞くことにしたのだが、こんなに驚かれるとは思っていなかった。それほど触れてはいけない関係なのだろうか。羽唯が不安そうな顔をすると、頭の上に分厚い手が重なった。よく重ねられる宮野のそれとは違って、少し重くて、少し小さかった。けれどどこか優しくて、荒々しさは感じなかった。
「んな変な関係じゃねーって。アイツから聞いてなくて驚いただけ。それとも俺んのことを羽唯ちゃんに知られたくないくらい嫌われてるのかもしれないけど」
笑った顔は、純粋無垢な、少年みたいな、ひまわりみたいな、明るい笑顔だった。さっきまでのうざったらしい顔や態度はどこにいったのか。
「フツーにただの幼馴染だよ。」
「なんだ。陽葵が辛そうな顔するから元カレとかかと」
陽葵の言葉に詰まったような顔を見た時は、過去にこの男に何かされたのかと思った。しかし、それは杞憂にすぎたらしい。
「違う違う。羽唯ちゃんにはチャラいって思われてるかもだし、まあ実際そうなんだけど、幼馴染にまで簡単に手出すほどじゃないよ俺」
「結局クズじゃん」
「あはは、違いない。陽葵どう?仲良くさせてもらってるみたいじゃん?」
「良い子だよ。かわいいし」
「羽唯ちゃんほどじゃないけどな」
「陽葵は性格とかもあたしと違ってかわいいから」
「俺にはその性格適応されてないのかも。羽唯ちゃんの方がよっぽどかわいいよ。ツンデレ最高」
「気持ち悪い黙って」
「ひどいな〜」
陽葵の話なら、上森とも話すことができた。友達パワーとはすごいものである。実際、陽葵のことを話す上森の表情はどこか生き生きしていて、楽しそうだ。
「お、俺らの番じゃね?」
話し込んでいると、羽唯たちの番が迫っていた。時間もないのに上森が急に提案をしてきた。
「勝負する?」
「何賭けるの?」
「うーん、俺が勝ったら、羽唯ちゃんの1日俺にちょうだい?」
今日知り合ったばかりなのに、随分と大きな報酬をお望みのようだ。と言っても、羽唯は部活動に所属しているわけでもないので、土日は暇しているわけで。1日くらいどうってことない。
「じゃああたしが勝ったら購買の自販機でジュース奢ってよ」
上森の報酬とは釣り合わないご褒美を提示する。しかしそれにはちゃんとわけがある。
「そんなんでいいの?」
上森と話していると、スタートの合図が鳴った。羽唯たちは揃って、地面に置かれた紙をめくる。
『クラスで一番かっこいい人』
こんなベタなお題あるかよ、と頭の中で突っ込んで、一番に思い浮かんだ人物の元へ走り出す。一方、上森の方は頭を抱えていて、羽唯が走り出した様子を見て、焦っているようだ。
「宮野っ!」
精一杯手を伸ばして、宮野の腕を掴む。すると、宮野も自分がお題にあった人物として選ばれたことを察したのか、何も言わず、羽唯に引っ張られるがままに走り出す。
『黒団が連れてきたのはなななななんと!2年4組宮野伊吹!学年一、いいや、学校一のイケメン!連れているのは、同じく2年4組間宮羽唯!!こちらも学年一の美少女と噂される生徒です!一体彼女はどんなお題を引いたのでしょうか!』
なんとも盛大な実況だ。そんなに盛って紹介してくれるとは思っていなかった。宮野の方に視線を向けると、宮野も実況に驚いたようで、お互い目が合うと面白さが溢れてきて、思わず笑ってしまう。
そのままゴールし、結果は一位だ。
『さぁて!気になるお題は?』
実況兼審査員の生徒会役員にお題の書かれた紙を見せる。宮野との手は繋いだままだった。
『クラスで一番かっこいい人!これにはなんの文句もありません!黒団一位でゴールです!』
観客の生徒たちから黄色い悲鳴が上がる。みんな満場一致だそうだ。
「へ〜?一番かっこいいねえ?」
一位でゴールしたことの嬉しさでいっぱいだったが、宮野に声をかけられて正気に戻る。面倒くさいのが始まった。
「客観的に見たらね。」
「少なくとも間宮もそう思ってるってことだ」
悪戯に笑う宮野の顔は、今日で一番元気そうだ。羽唯をイジる時は大体こんな顔をしている。
「違う、あたしが他の人に詳しくないから……パッと思い浮かんだのが宮野だったの」
宮野は冗談で言っているに決まってるのだから、必死に否定するのもどうかと思うが、冗談だからと言って受け流したくもない。実際、宮野の顔やスタイルがいいのは知っている。おそらくクラスで一番なのも。でもそれは決して羽唯からの主観の評価じゃなくて、きっとみんなそう思っているだろうという客観の意見の主観的予測だ。
「それもそれでどうかと思うけどな」
宮野が言った言葉の意味はわからないままだ。
「負けたんだけど!」
一足遅れてゴールした上森は、ゴールするなり羽唯のところによってきた。
「あたしの勝ちだね。ジュース奢り」
「もうそれはいいよこの際。」
だいぶ疲れているようだ
「お疲れだねえ」
羽唯が軽く背中を叩くと、上森は頭をガクッと下げた。
「だっておかしいだろあんなお題!!」
上森のお題は、最近育毛剤を使い始めた先生だった。本人もお題を見た後、「こんなのわかるかぁ!!」と叫びながら、教員席で一人一人の頭を確認していたらしい。なんとも面白い光景だ。それが見れなかったのは全く残念である。結局上森が連れて行ったのは教頭先生だった。もう年だから全く走れてなくて上森が可哀想だった。
「しかも羽唯ちゃんのお題、宮野だったんでしょ!?ズルすぎ!」
「別にずるくないよ。お題引くのも運だからね」
そういうことじゃないんだよな〜と言いながらしゃがむ上森の腕を引っ張った。
「はいはい、次の競技始まっちゃうから自販機行こうね〜」
ズルズル、と上森は羽唯にされるがまま引っ張られていった。




