愚問
一つ目の競技は、陽葵が出る障害物競争。出場する選手たちがゾロゾロとグラウンドに出ていく。
「陽葵がんばれ」
羽唯に送り出された陽葵は、行ってきます!と元気に答え、同じくグランウンドへと駆けていく。
競技が始まると、各団の応援の声が聞こえてくる。羽唯たちのクラスも負けじと応援の声を出していた。
トラックを半周し、チームメイトにバトンパスする形らしい。陽葵は一つ目の障害である平均台にたどり着くと、すんなりとそれを乗り越えてしまった。ダンボールのキャタピラも、保育園でやったものとはスピードが違っていて見応えがある。
あっという間に陽葵の番は終わってしまい、あとは誰が走っているかもわからなかった。
「間宮次だっけ」
当たり前のように隣に座るのは宮野伊吹。羽唯を選抜リレーに巻き込んだ張本人であり、羽唯の嫌いな男でもある。テントの端っこ、日陰のギリギリの、人が集まらないところに静かに座っている。
「そう」
羽唯が一方的に嫌いなのか、宮野の方も羽唯のことを嫌いなのかはわからないが、宮野は普通に羽唯に話しかけてくる。それがうざく感じるターンはもう終わった。
羽唯が出るのは借り物競争。物と言いながら、去年は人を連れて行かなければいけないお題もしばしば出ていたと思う。
「楽しみにしてるわ」
ニヤリ、と笑われるが、この男が期待しているのは、羽唯が盛大に失敗したり、困ったりすることだろう。そんなことを考えていると、自然と羽唯の顔は険しいものになっていた。
放送に従い、羽唯は自分のクラスの列に並ぶ。
6月の太陽の下は、すでに焼けるように暑い。入念に日焼け止めを塗ってはいたが、羽唯の真っ白で透き通る肌が、日に焼けてしまっては勿体無い。もう少し健康的な肌色をしていた方がいいのかもしれないが、羽唯の綺麗な銀髪や、水のように透明感のある瞳には、今の真っ白な、悪い言い方をすると生気のない肌がよく似合っている。
「えっ、羽唯ちゃんじゃん!こんなところでまた会うなんて奇遇だね!もしかして運命!?」
横を見ると、黄色いTシャツを着た、金髪の長身の男がいた。どこかで見た顔だ。さっき見た顔だ。上森慎吾だ。羽唯の嫌いなその人は、懲りることなく羽唯に声をかけてきた。それも、馴れ馴れしくも羽唯ちゃん、だなんて。
「…………。」
羽唯は男に一瞬視線をやったが、聞こえなかったかのように視線を戻し、前を見た。
「ちょちょちょ!そんなにあからさまに無視されると流石の俺でも傷つくな〜」
そんなの知らない。構わない。勝手に傷ついていてくれ。などといった羽唯の思いも叶うことなく、次の瞬間、この男の言葉に反応せざるを得なかった。
「付き合ってるの?宮野伊吹と。」
その名前が聞こえた瞬間、羽唯はものすごいスピードで上森を見た。綺麗に巻かれた銀髪が、太陽に照らされてギラギラと光を放ちながら揺れる。
怒りや疑念が籠った瞳が上森をじっと見つめる。
「あり得ないこと言わないでくれる?他の人に聞かれたらどうしてくれるの」
誤解されて広まったら、それこそ羽唯たちにとっては最悪の事態が訪れることになるだろう。いくら本人たちが噂を気にしないと言えど、誤解は生まれないに越したことはない。
「いやだって、どっからどう見てもカップルのそれだったじゃん!」
どこをどう見てそう言ったのか、羽唯には考えもつかない。
「はぁ?何をどう見たらそう思うわけ?大前提あたしはアイツのこと嫌いだから」
カップルというものは、好き同士の人間がなるもので、羽唯と宮野は正反対。いうなら嫌い同士だ。宮野から直接嫌いと言われた記憶は、思いだせる限りないが、宮野も羽唯をどこかでは気に入らないと思っているに違いない。でなければ、ああまで頻繁に煽ってきたり、喧嘩する意味がわからない。
「宮野伊吹は、羽唯ちゃんのこと好きかもよ?」
「あり得ない。アイツもあたしのこと嫌いだから」
宮野が羽唯を好きだなんてあり得ない。前述したように、少なくとも羽唯はそう思っている。顔を合わせれば喧嘩して。言葉を交わせば喧嘩して。1年以上顔を突き合わせているが、人生でここまで頻繁に喧嘩しているのは宮野しかいない。羽唯にとって喧嘩は嫌なもので、怖いものだから、人と喧嘩することなんて滅多になかった。宮野はどうかわからない。羽唯と違って、人を煽っては喧嘩して、が日常なのかもしれない。羽唯はそんな宮野の日常に巻き込まれているのかもしれない。そう思うと、羽唯がどこかかわいそうに思えて、苛立つ。宮野のストレス発散にいいように使われているようで癪だ。
絶対にあり得ない話をしてくる上森が鬱陶しく、早くどこかいって欲しいのだが、整列しているためそれも叶わない。何か考えるような顔をしていた上森が、突飛な質問をしてくる。
「ふぅーん。じゃあ、俺羽唯ちゃんのこと狙っていい?」




