1.ひらりひらり舞う花よ 散り散り散りていざ還らん
現代物予告しといて節分思いつき乱文up。節分全く関係ありません。鬼と異能持ち短編2話。
「まず頭をあげよ。何故お前はここにやってきた?いや、どうしてここにこれたんだ?」
眉根を寄せる美しい男は地に平伏すセイを見ていた。造形の美しい顔に均整のとれた体躯。一言に美丈夫といって良いのか。この世の物と一括りにしてよいのか悩ましいほどの美丈夫がそこにいた。
美丈夫は一つ、普通の人とは違う特徴があった。サラサラの髪が風に揺れる額の生え際に青鈍色のツノ。
それは美丈夫が人ならず物である証拠だった。
美丈夫はこの地域の鬼神様だ。
私はこの神への供物・・・贄である。
「私は南にある山際の里の娘でセイと申します。天の恵みが得られず、里に流れる小川は干上がってしまいました。農作物の多くも枯れ果て、食べ物も満足にえられない状況が続いております。都で流行ったと聞く流行病が里でも流行りだし、ついに人死にがでております。私は現状を鬼神様にお伝えすべくここへと遣わされました」
鈍色の瞳がすっと細められた。するすると鬼神様は私に近づくと顎を取り、じっと目を覗き込んでくる。
瞬間、うねる物が身体の中に入り込む感覚。何か探られているような違和感に反射的にそれを弾いた。
「・・・お前色なしか」
「"色なし"とはなんでしょう?」
「喜怒哀楽の大部分が欠落しているだろう?それを色なしという。アチラでは無意識下で力を抑えると同時に感情が抑制されるからであり、それは本来ならコチラに生まれ落ちるモノであったことに他ならない。色々と身に覚えがあるだろ?お前がコチラにこれた事にもそれなら頷ける」
確かに身に覚えがあるそれに恐る恐る頷けば、鬼神様は困ったように長く息を吐いた。
セイは小さな頃から異様なほど手の掛からない子どもだったという。5人兄弟の丁度真ん中。ほとんど泣きもせず、物覚えも良い娘は親からは半ば放置で育てられた。
それでも困った事は無く、親兄弟も感情の機微は分かりにくいが出来た子だという認識だった。
ある日、セイはこれから里の仲間と山に狩りに行くという兄に違和感を覚えた。狩りに行かない方がいい、と思わず口にしたのは何故だかわからない。けれど、わからないなりに確信があった。
どうしても行かねばならないという兄に絶対先頭に立たぬ事、前方を歩く者のやや右を歩く事を言い聞かせて送り出した。
夕刻、大怪我をした友人の1人を抱えて戻ってきて兄達がいた。
それはその後も続いた。
今日は川に近づかない方がいい。
東の藪には気をつけて。
セイ自身もよくわからないそれを家族は不思議に思いつつも気にかけ、そして良くない事が起こりそれを避けられるとセイに感謝した。人が良い家族達は決してそんなセイを気味が悪いとは言わなかった。それに母はその力に身に覚えがあったのだ。
セイの不思議な言葉が増えてきた9歳の頃、とある女性が遠くの山からやってきた。その女性は母の姉であり、どこか母と似ていた。
「この子は私達と似通っている。勿論、私達の血脈は受け継いでいる。けれど、ただのそれに非ず。今は良いが、きっと成長とともにこのままここでは生きにくい。親元から今離すのは本人も家族も辛かろう。成人となる15の歳に迎えにくる。アチラに近いあの山ならば少しは生きやすかろう。垂れ流しの力の使い方だけは今ここでなんとかしよう。さぁ、手を出しなさい」
叔母は手を握ると、不思議な唸りを身体の中へと流し込んできた。それをよくわからないまま受け入れると不思議な事に何かがストンと腑に落ちた気がした。頭の中で湧き出ていた何かが急に落ち着いた感じがしたのだ。
「催眠の一種だが、きっと数年もしたら己の力でこの呪いを自然と解くだろう。私は道筋をつけた」
叔母は巫女だった。とある霊山の麓に生まれ、力の強い叔母はその土地の風習に習い、巫女となって山に登った。巫女というが、その血を残す為に家庭をその霊山の麓に持っている。叔母以外にも巫女という存在は複数おり、男も女もいるそうだが、詳細は霊山の巫女達以外は誰もわからないそうだ。神に近いその立場のように思うが、叔母は調整者だと称した。その立場に無いものはよくわからない存在なのだ。
母はこの家系に生まれるもその力がほぼなく、巫女にはなれなかった。旅芸人の一座に身を置いていた父と出会い、一緒になると子が生まれるのを機に父の故郷に身を寄せたそうだ。
力がなかった自分の子に姉と似たような能力が見られると今回"遣い"を出したそうだ。何か特殊な連絡方法らしいが、それはどういう方法かわからなかった。
今回の叔母の訪問で家族に少しばかり変化があった。兄に巫女の力を叔母が見出したのだ。巫女になれるほどの力を秘めているが、それが内から出ていない。だが、セイの力に引っ張られるようにそれがじわじわと表れている。ゆえに巫女になるにしろ、ならないにしろ、霊山の麓で所帯を持つ方が良いのでは無いか。兄は一晩考えた後、叔母とともに霊山の麓に向かっていった。三月後、十五になった初めての満月の夜に二つ年上の女性と所帯を持ったという。
兄が出て行って間も無く、旅の薬売りの男に惚れた17になる姉がその男を口説き落としてついていった。
急に静かになった家を母と父は寂しいけれど嬉しいと笑う。
セイは口にこそしないが、寂しいも嬉しいもよくわからない。呪いの後、今まで以上に感情というものが動かなくなっていた。けれど、それがわかれば気を遣わせる。ゆえに母と父、そして弟達の雰囲気になんとなく合わせる事に苦心したのはセイだけの秘密だった。
一年、二年と月日が流れゆく。
あと半年でセイが15歳となる頃、力は9歳の頃と同じかそれ以上となっていたが、ある程度制御出来るようになっていた。
そんなある日それは起こった。
ゾワリ。ゾワリ。ゾワリ。
悪いものが里を覆う気配がした。普段慌てないセイが慌てたように里の広場にいけば広場には大きな猪の死体があった。
ナンテコトヲシタノダ。
直感的にそれは手を出してはいけない物だとわかった。大きな大人の猪を捉えたと里の者は大喜びしていたが、まだその猪は小さな小さな子どもだった。
偶然か、必然かはわからない。けれども彼らは土地神の子に手を出したのだ。
感情が殆ど出ないセイが真っ青を通り越して白くなっている様をみた上の弟が慌てて家に連れ戻った。家にいた他の家族にセイが感じ取った物の次第を伝えた。振舞われても決して口にしてはいけない。口にしては生涯苦しむこととなる、と。
里の人々に振る舞われた肉は勿論セイの家族も受け取る事となった。受け取ったそれをこっそり家族で弔った。この頃には母もかなり弱いが巫女の力があることが分かっていたし、末の弟も兄ほどではないにしろそちら側の人間だと分かっていた。ゆえに母も末の弟も事の重大さに青褪め、父も上の弟もセイ達の様子を肌で感じ取っていた。
家族で相談してセイの家族は霊山の麓に移り住む事を決めた。末の弟の力が現れたことやセイが霊山に上がる事が決まっていたことからもともと話し合われていた事だった。ただそれが早まった次第だった。
けれどセイはすぐに動けなかった。弔う際に力を使った為だった。これから来るであろう祟りを消す事は叶わないが弱める力があることをセイは理解していた。今回のこの強い祟りの波に対抗する力は現存する巫女では持ち得ないと母いう。けれど、力を制御できてもまだ扱いが下手なセイは自分を中心に力をじわじわと広げている状況でこれ以上どうしたらいいか分からない。
母はまた叔母に助けを求め遣いを出した。それと同時にセイの勧めに応じて家族は旅立った。巫女の力が現れ出したばかりの弟は外からの力の影響を受けやすい。それゆえに急ぎ土地を離れる必要があった。
表向きは移住ではなく、子が生まれた兄の祝いに向かうのだということにした。人見知りが強く、人付き合いが苦手と思われているセイは家守りのために留守を任されるということにした。父はもともと旅芸人の一員だった。母も一時期そこに身を置いていたゆえに2人で路銀を稼ぐことができるので心配はない。弟2人は父仕込みで剣も弓も使えるのでよっぽどの手だれに襲われない限り野盗も返り討ちになるだろう。
何よりセイが安全に着くよう呪いをかけた。なので大丈夫だろうと謎の確信がセイにはあった。
逆に里ではじわじわと事が起き始めていた。雨が全く降らないのだ。そして日照りが強く、土地がどんどん乾いていく。たった一月で里に流れる小川は干上がってしまった。二月目には流行病が広がっていた。里のあちこちで諍いが増えて、里から逃げ出す物が出始めた。ここから逃げたとしてもその身に土地神の子の血肉を取り入れた者の末路はもう決まっている。セイはただ静かに叔母が現れるのを待った。
霊山は遠い。だが、もうすぐ叔母が来るであろう。その頃だった。
人々は神に赦しを願っていた。誰が何を犯したのかは誰もわからない。けれど、これはきっと神の祟りなのだと口々にいった。
そして、誰かが口にした。
供物を、贄を神に捧げよ。
この辺りの土地神は知るだけでも両手以上。だが、それを統べるとされるのはただ一柱だけ。
鬼神様に生贄を届けよ。
声高に叫ばれたそれは里に急速に広がった。いったい誰が適任か。
少し変わった娘がいるじゃないか。今は親も土地を離れている。ならばその娘を捧げよう。なぁに、親が帰って来たならば流行病で死んだ事にしたらいい。さぁ、あの娘を差し出すのだ!
セイは引きずられるように家から連れ出されると鬼神様の形代の一つであると言われる大石の前に身一つで放り投げられた。逃げるように居なくなった里の者達。
それを見届けるとセイは大石に触れて目を閉じた。
刹那。
伏せた瞼をひらけば景色は一変していた。そこでは花が咲き乱れ、大きなお社が鎮座していた。異変を感じたのか突如として目の前に現れたのは青鈍色のツノを持ち、鈍色の瞳を光らせる美丈夫。
こうしてセイは鬼神様に相対したのだった。
「お前は何故里がそうなったのかわかっているな?」
「はい」
「ならばよい。私に出来ることはない。それは守り役の役目であり、それが祟ることを決めたのならばそれはもう変えられない。私は人の言葉で言うならば傍観者だ。私の力は使うに非ず。ただ在るもの。この世界の一端であり、私のような者達はその力を互いに拮抗させている。誰か欠ければ次代がまた力を拮抗させ、傍観する。それが我らツノ持ちの役目なり」
顎を取られていた指先にぐっと力を込められた。そして次の瞬間、美しい顔が間近に迫ると唇を押し当てられ、そして割開かれる。驚き薄く開いた口内に舌が入り込むとそのまま絡められた。
訳がわからずただ唸り喘ぐセイがぐったりと身体の力を失うと突き離すように鬼神様は身体を離した。
「お前の人としての花はあと一年。その花弁が一枚、また一枚と散りて行き、行き着いた先はコチラ側となる。もともとお前はアチラのものではない。だが、どんな行き違いがあったか分からぬが縁あってアチラに落ちたのだからアチラの生はアチラに還すのが道理。新たに生まれ変わるため、私が力を貸してやろう」
ひらり。
花びらが一枚舞い落ちた気がした。




