第6話:ニードハット卿
「ジン…さ…」
「…様…ジン様」
「んー…」
「やっとお目覚めですね、おはようございます。ジン様」
「今度こそマリアか…おはよう」
「今度こそ?」
「あ、いや、なんでもない夢を見ててな」
「ゆっくりお休みになれたようでよかったですわ」
そういうとマリアは近くの倒木に腰を掛け紅茶を飲み始めた。
「(あの球体…意識共有がどうとか言ってたが説明不足すぎるだろ!)」
「ジン殿、何か考え事で?」
気が付けば神妙な顔をしていた陣にランスロットが声をかける。
「大したことじゃないんだが、ウェンスに着いたらどうするんだ?」
声を掛けられついでに陣は球体から聞かせられた「ダンジョンに三人で向かうことになる」という話を確かめる。
「ウェンスには商人や冒険者が大勢います。その人混みに紛れ次の旅の準備をする予定です。」
「準備か…その中でダンジョンに潜る予定は?」
「ありません」
「(ですよねー)」
「そ、そうだよな」
「ええ、ダンジョンに潜れば敵の追っ手は来ないでしょうが、ダンジョンのモンスターは危険でそんなところに姫を連れて行く訳にはいきません」
至極当然な話に取り付く島もない。
「(あの球体め…テキトーなこと言いやがって何が「わたし、まちがえません」だ)」
『むー。わたし、まちがえません!』
「うわぁ!!」
「ジン殿!どうされた!?」
「い、いま声がしなかったか?」
慌てて周囲を見回しながら答える。
「いえ、私には聞こえませんでしたが…」
「わたくしも聞こえませんでした」
ランスロットもマリアにも聞こえてないようだったが確かに聞こえた。
「どういうことだ…」
『あのね、いまジンさまの頭のなかから直接おはなししてるの。ないしょのおはなしだよ』
「(こいつ脳内に直接…!!)」
『うん、直接!』
「ジン殿大丈夫ですか?もしやお疲れなのでは?」
「いや、大丈夫だ…気にしないでくれ」
頭の上にハテナを浮かべる二人をよそに状況を確認する。
「(あー聞こえるか?まさか声に出さないと会話出来ないなんてことないよな?)」
『きこえるよ!心のなかでしゃべってくれれば、ちゃんときこえるの』
「(それは安心したが…正直事前にもう少し説明が欲しかったよ)」
わざわざ声に出す必要があった場合、この先このリア充カップルを前に独り芝居をする痛いオッサンになる必要があったが一安心だ。
『ごめんなさい…こわいひとたちが、おもったより早く近づいてきてたから、いそいで起こしたの』
「(こわいひとたち?なんのことだ?)」
「ジン殿!!」
突然ランスロットに呼ばれ意識を戻す。
「どうやら囲まれたようです」
その言葉で咄嗟に周囲を見渡すといつの間にか陣達を囲むように黒いローブを纏った集団が現れていた。
「なんだこいつら…いつの間に…って!」
状況を把握すると共に点と点が繋がる。
「(おい、こわいひとたちってこいつらのことか?)」
『うん。そのひとたち』
「(もっと早く言えよ…!)」
球体の絶妙な使えなさに苛立ちを覚えながら臨戦態勢を取る。
とはいえ頼みの綱はウォーターカッターだけなのだが。
「フォーフォッフォ」
突然響く気持ち悪い笑い声とともにローブの集団がサッと左右に分かれ道が出来、その道をゆっくりと一人の男が歩いてくる。
「ニードハット卿…やはり貴殿か」
ランスロットが恨めしそうにその男の名を告げる。
ニードハット卿——金と婚姻で成り上がった新興貴族。権限持ちの名家から次々と妻を娶り、生まれた子に権限を継がせることで家格を買い上げてきた男だと、昨夜の野営でランスロットが吐き捨てるように話していた。
「(つまり血統コレクターってことか…悪趣味な婚活もあったもんだ)」
「会えて嬉しいよ、邪魔者のランスロット」
「そして愛しきマリアよ」
そう言いながら現れた男は如何にも高そうな黒いコートを棚引かせ、大きな宝石があしらわれた黒いステッキを手元でクルクルと回していた。
そして口には時計の針のような白く長いひげを蓄えており、頭にはこれまた黒いシルクハットをかぶっていた。
よく見るとシルクハットにはトゲ状の突起が無数にあしらわれており禍々しいイメージを与える。
「(こいつ…どこかで)」
ランスロットがニードハット卿と呼ぶ男を前に陣がなにやら思考する。
「ランスロット、ジン様お下がりください。」
そんな中マリアがすっと響く声を上げニードハット卿の前へ出る。
「おやおや、自ら身を差し出すとはいい心意気ですね。マリアよ」
「ニードハット卿…あなたほどの者ならもうご存知のはずです。わたくしが既に適合者ではなくなったことを」
「フォーフォッフォ、もちろん知っているともマリアよ」
「ではなぜ未だにわたくしに固執するのです!あなたの目的はあくまでも適合者の血であったはずです」
「フム…確かに今のマリアの血には何の価値もない…ワインの方がよほど高価だろう。そう思うだろ?マリアよ」
この言葉に陣の横で剣を構えるランスロットの殺気が強くなったのを感じる。
「ええ、その通りです。今のわたくしには何の価値もない。だからお願いです。もう放って」
「ノーノーノーノー…それは違うよ、マリアよ」
手元のステッキをクルリと回しながらマリアの言葉を遮ってニードハット卿が言葉を綴る。
「確かにその血にはもう価値がない。本来であれば正妻として私とともに新たな適合者作りに励んで欲しかったのだが…しかし」
「そなたは美しい、その身体には宝石ほどの価値がある。だから私の23番目の妻となるのだマリアよ」
ニードハット卿が口元の髭を弄りながら醜悪な笑顔でそう告げた瞬間ランスロットが大きく踏み込んだ。
「ふざけるな!姫ほどのお方を正妻にするでもなく23番目の妻に加えようとは何事だ!!」
剣の切っ先をニードハット卿に突き付けランスロットが吠える。
「オヤオヤ、これは従者の躾がなっていないんじゃないかな、マリアよ」
ランスロットの剣を前にしてもその醜悪な笑顔は消えない。そしてそのままマリアの身体を舐めるように視線を動かす。
「貴様!!」
その視線を感じ取りランスロットがその切っ先を振りかざす。
しかし、ニードハット卿の首元に美しい弧を描きながら進む切っ先をガン!という音と共に黒いローブの従者が受け止める。
「くっ!ゴーレムか!」
「フォーフォッフォ、その通り私の得意なゴーレムだ。しかも今回のは特別製…さすがの鬼神ランスロットでも簡単には斬れないんじゃないかな」
「小癪な!」
先日のゴーレムは一太刀で両断していたが今回のゴーレムはランスロットの剣を受けても少々傷がつく程度のようだ。
「フォフォフォフォフォー、いいねいいね!その調子だよランスロット!きっと勝てないだろうけどねぇ!」
自らのゴーレムの活躍にニードハット卿の笑顔が更に醜く歪む。
「思い出した!それル○タンにそっくりだ!」
「「「え?」」」
突然叫ぶ陣にニードハット卿を含む3人が呆気にとられる。
「その悪趣味なシルクハットだよ。あれ?ル○タン通じないか」
ニードハット卿が現れた時からずっと気になっていたモヤモヤが晴れたことでスッキリした陣であったが残念ながらこの世界でル○タンは通じない。
「あ…あ…悪趣味だと!!」
「このシルクハットは神都で大ブレーク中のルブタリン作だ!!私のお気に入りを馬鹿にしやがってええええええええええ!!!!」
どうやらル○タンではないらしいがお気に入りを馬鹿にされ手にしていたステッキを思いっきり地面に叩きつけている。
何度も叩きつけたステッキが盛大に折れ宙を舞う、それを見て更にその怒りを爆発させる。
「ステッキまでも…許さんぞ貧民が!!」
「ステッキは自分でやったんじゃねーか!それに俺は貧民じゃねー!!」
「黙れ!!私のゴーレムよ!あの貧民から片付けろ!!」
ニードハット卿の指示でゴーレム達が一斉に陣に襲い掛かる。
「くそっ!ルブ○ン野郎めやってやんよ!!」
『ウォーターカッター!!!!』
広げた手の平から高圧の流水が放たれ迫りくるゴーレム3体を一閃する。
「フォーフォッフォ!その程度の魔法など…!」
流水が止まると同時にゴーレム達も動きを止める。そして一斉に崩れ落ちた。
「何!?私のゴーレムが!」
ゴーレムは3体とも腰のあたりを一閃されて機能停止していた。
「ふぅ…コアに当たらなくてよかった」
コアを切り裂いた場合、例によって大爆発を起こしていたはずだが奇跡的にコアを避けて切り裂くことに成功していた。
「ジン殿さすがです!私も負けていられませぬ!」
そういうとランスロットが交戦中のゴーレムと距離を取った。
『ミラリスの権限に基づき命ずる エクソス!!』
詠唱と同時にランスロットの姿が消える。その刹那突風が吹きゴーレムの背後にランスロットが現れた。
「うお!なんだ風魔法!?」
「いえ違いますわ、あれはランスロットの得意技」
そういうマリアの言葉の途中でランスロットが剣を収める。
「疾風迅雷…ですわ」
「(今の加速…本人の脚力だけじゃないな。あの鎧か?)」
その直後動きを止めていたゴーレムが崩れ落ち爆発した。
爆発を背にしてマリアと見つめ合うランスロット。そのまま二人も顔を真っ赤に爆発させていた。
「(あいつ…わざと爆発させてカッコつけたんじゃ…)」
「くそっ!私の特別製ゴーレムがこんな簡単に!」
気が付けばゴーレムは残り1体、ニードハット卿を守る様に戦闘態勢を取っていた。
「ニードハット卿…もう終わりですわ」
マリアが諭すように優しい声で終わりを告げる。
「まだだ!まだ終わってない!!」
お約束のようなセリフと共にニードハット卿が懐から何かを取り出す。
「なんだあれは?」
ニードハット卿が取り出したものを観察しようと陣が目を細めると、その手には野球ボールほどのガラス玉のようなものが握られていた。
「あれはコア…?まさか!」
マリアが慌てて魔法の詠唱を行おうとするがニードハット卿の方が早かった。
「気づくのが遅かったなマリアよ!」
そういうとニードハット卿は足元へ向けてコアを投げつけた。
一見ガラス玉のように見えたそれだったが地面に触れた途端に輝き周囲の地面から黒い粒子を吸い上げて巨大化していく。
「あれは、もしかして砂鉄か!?」
陣の推測は正しかった。コアは地面の土中から大量の砂鉄を収集・再構築し巨大な人型を構成し始めた。
「まずいですわ…このサイズではウォーターカッターで切断できるかどうか…」
「ニードハット卿め…こんな策を用意しているとは…」
マリアとランスロットがあまりに巨大なゴーレムに言葉を失う。
「なんてデカさ…ロマンだ…」
陣だけ違う意味で言葉を失っているが状況は悪い。
「フォーフォッフォ!驚いたか!!これが私の最高傑作!ギガントゴーレムだ!!」
陣達の前に全長30メートルはありそうな巨大なゴーレムが立ちはだかる。




