第4話:適合者
右手を広げ目標(刺客)に向け構えながらマリアの言葉を思い出す。
「ジン様はまだ出力調整に不慣れなのですね。初めから狙った出力で発動するのは難しいと思いますわ」
「発動させてから出力を調整するよう意識されるといいですよ」
イメージしたのはホースだった。蛇口を捻り水を出し、ホースの口を握って圧力をかけるイメージ。
そんなイメージを固め詠唱する。
『我が権限に基づき命ずる ウォーターカッター!』
右手に衝撃を感じる。しかし前回のように振り回されることもなく制御出来ている。
イメージのおかげか前回の経験によるものかは分からないが、理由を考えている暇も無く刺客が飛びかかってくる。
「くそおおおお!やけくそだあああああ!」
迫りくる刺客に向けて一閃した。
右手から放たれた一筋の白い線が左から右へと軌跡を残す。
その直後、刺客達の上半身と下半身が分離し爆発した。
「うおおお!」
爆発の衝撃波を受けゴロゴロと転がってしまう。
「痛てて…本当に人間じゃないのかあいつら」
ランスロット曰く、追っ手の刺客はほとんどがゴーレムと言われる魔法によって作られ制御された兵士らしいのだ。
ゴーレムには核がありそれを破壊すると爆発してしまうらしい。
ランスロットのように核を避けて斬れば爆発はしないのだが、陣にそんな芸当が出来る訳も無く偶然にも核を切り裂いてしまったようだ。
「あのサイズの人型であの運動性能かよ…魔法ってのは何でもありか」
科学では在りえない存在だ。本来なら間近でよく観察したいと考えるところだが、近づくと問答無用で斬りつけてくるためそんな余裕はない。
「ジン殿こちらへ!今の爆発で敵はこちらを見失ったようです!」
さっきの爆発で森の木々が燃え、敵との間に炎と煙の壁を作ることに成功していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ランスロットの先導でしばらく逃げた後、陣達は川のほとりで野営の準備をしていた。
「なぁ、今更なんだが俺たちはいったいどこへ向かってるんだ?」
イベントが立て続けだったため聞けずにいたゴール地点について聞いてみる。
「私たちはウェンスに向かっている。あの町なら冒険者や商人で人が溢れているから身を隠すには最適だ」
ダンジョン都市ウェンス、神都サロマの西に位置する町でその名の通りダンジョンを擁しており、ダンジョン目当ての冒険者とそれらを客とした商人で賑わう町だ。
「(ダンジョンねぇ…お約束って言えばそれまでだが異世界としては何の捻りも無い感じだな)」
剣と魔法にダンジョンとお約束の異世界ファクターが満載でロマン大好きな陣としては嬉しいはずなのだが
「さすがに出来すぎだろ…そもそも何で俺が選ばれた?現象には原因があるはずだ」
ロマン大好きっ子であると同時に研究者として考える。この世界に転移した意味を。
「ランスロット、そろそろジン様へわたし達のことを話しても良いのではなくて?」
考え事をしていた陣を見て、旅の目的について考えを巡らせていると勘違いしたらしい。
「それはまだ尚早では」
「ランスロットも既にジン様の実力は分かっているのでしょう?あれだけの力を持った方なら早く事情を説明して協力頂くべきです」
「それは確かに…」
「(異世界転移について考えてました、なんて言える空気じゃないな…)」
陣としてはよくわからない事情に巻き込まれるのは御免なのだが既にそんなことを言える雰囲気ではない。
「わたくしから説明しますわ。」
そう言うとマリアはゆっくりと語りだした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マリアの話を要約するとこうだ。
この世界にはミラ教という唯一神ミラを信仰する宗教が普及しており、神都サロマという宗教国家が大きな力を持っている。
ミラ教によればこの世界に溢れる奇跡は全てミラによる御業であるとされており、魔法もその奇跡の一部とされているらしい。
とまぁ、ここまでは現代日本においても良くある宗教話なのだが、どうやらミラが天啓を授けるという石版が存在し世界で発生する災害や異変を知らせてくれるというのだ。
ミラ教ではその石版からもたらされる天啓をもとに政治や農業などの産業を行っており、特に産業に関する天啓は周辺国家に情報提供することで莫大な利益を得ている。
しかし、困ったことにその石版はミラと適合する人物にしか反応せず、それ以外の者が前に立ってもただの石でしかない。
そのためミラ教では常に適合者たる人物を探しており、適合者を輩出した家を貴族にするなど優遇することで適合者不在の期間を作らないようにしている。
「(天啓とは胡散臭い、でもちゃんと神様らしいことをしているあたり現代の神様よりは頼りがいがあるな)」
「それで、そのミラ教と今回の駆け落ちの関係は?」
「「か、駆け落ちだなんて!!」」
駆け落ち、というのは陣なりのジョークだったのだが二人には思いのほか効いたらしい。
顔を真っ赤にしたマリアがコホンとわざとらしく咳払いをする。
「永きにわたりミラ様の適合者を輩出してきた貴族の中で一番長い歴史を持つのがミラリス家です。」
「そして私はミラリス家長女にしてミラ様の適合者なのです。」
「ほう…」
「私は適合者として神都サロマで巫女の役目を賜っていました。しかしある日…」
「ある日?」
そういうとマリアは突然涙ぐんでしまった。
「姫、あとは私が説明しましょう」
先ほどまでマリアと一緒に顔を赤くしていたランスロットが説明を代わる。
「ある日突然、姫は適合者ではなくなってしまったのだ。石版の前に立っても天啓を得られなくなってしまった」
「今までそんなことあったのか?」
「長いミラリス家の歴史においてもそのようなことは一度もありません」
涙をぬぐいながらマリアが答える。
「考えられるとすれば新しい適合者が生まれたとしか…」
「しかし、姫が適合者で無くなった日に生まれた子供を確認したが、その日に生まれた子供はいなかった」
ランスロットがまるで自分に原因があるような悔しそうな表情で状況を説明する。
「なるほどな、その適合者っていうのは大人になってからなったりしないのか?」
「それはあり得ません。全ての人はこの世界に生まれた瞬間にミラ様に適合者かどうか判定されるのです。」
「(ん?この世界に生まれた瞬間って…まさか)」
ピンと来てしまった。こうなると後は残ったピースを埋めるだけだ。
「えーっと、その適合者じゃなくなった日って何日前なんだ?」
「3日前までは天啓を受けられたので恐らく2日前ですわ」
「へー…そうなのか」
「(2日前は俺の誕生日、そして俺がこの世界に転移してきた日か…嘘だろ)」
点と点が線で繋がってしまう。
「(この状況はヤバい、姫様の使命を奪った男が目の前にいるとランスロットに知れたら…)」
動揺と焦りから無意識にランスロットに目を向けてしまう…そして目が合う。
「ジン殿?どうされた?顔色が悪いようだが」
「いや!大丈夫!ちょっとさっきの魔法で疲れちまったらしい、MP切れかも…なんつって」
動揺しすぎてテンションも言ってることも滅茶苦茶だ。
「(落ち着け…まだ決まった訳じゃない)」
「その適合者っていうのは他の人に譲渡出来たりするのか?」
「いえ、譲渡は不可能です。適合者はその者の血によって決まります。」
「ただ、適合者が亡くなった場合は、その次にミラ様と適合する血の者に権限が移動しますわ」
あっさりと希望を打ち砕かれた上に最悪の解決策まで提示されてしまう。
「(なんだよそれ!詰んでるじゃねーか…)」
「そ、そうなのか、じゃあもしかしてこの旅はその適合者を探す旅だったり?」
既に結論は見えている…が動揺から無意識に答え合わせを始めてしまう。
「…現在の適合者を見つけ出しその者を斬る」
酷く冷たい声で告げられた“答え”は予想通りだった。突然の恐怖からランスロットを見ることが出来ない。
「ランスロット!滅多なことを言うものではありません!」
もはやバッドエンドが確定したかと思ったがマリアが声をあげる。
「ジン様ご安心ください。この旅はそのような野蛮な旅ではございません」
「え…?違うのか?」
「ランスロットも悪ふざけが過ぎますよ。」
「申し訳ない。……悪ふざけ、ではないのですが。剣を向けるべき相手かどうか、ジン殿の目を見ておきたかった」
「わたくしは適合者で無くなってよかったと思っていますの」
「ミラ様に見放されたようで悲しい気持ちはありますの、だから先ほどもお恥ずかしいところを見せてしまいました」
「でも、適合者のままだったら今のように…その自由に旅をすることなんて出来なかったはずですわ」
そういうとマリアは頬を赤らめランスロットに熱い視線を向ける。
その視線に気が付きランスロットまでその渋い顔を赤く染める始末だ。
「(結局駆け落ちか!リア充め!俺の動揺を返せ!)」
一方的にヒヤヒヤさせられただけの陣としては納得がいかないような気もするが命が助かるなら文句は言うまい。
「じゃあ、追っ手を振り切って二人の愛の新天地まで辿り着けばゴールって訳か」
「違いますわ!愛の新天地だなんて…!」
否定する割には真っ赤な顔がニヤついてしまっているマリアはすっかり恋する乙女の様相だ。
「しかしなんだ、ランスロットも隅に置けないな。姫様と歳の差はあるがお似合いだぞ」
「歳の差?姫と私は一つしか違わぬが」
「…ん?」
「私は今年で16になる」
「……は?」
陣の中で何かが音を立てて崩れた。
どこからどう見ても同年代だと思っていた渋い偉丈夫が、姫と一つ違いの少年だと言うのだ。
「(16!?その顔で!?その鎧の似合いっぷりで!?…いや待て、それじゃ正真正銘のリア充カップルじゃねーか!)」
「ジン殿?また顔色が」
「なんでもない。世界の不条理について考えてただけだ」
「とにかく今はウェンスに行くことが目的です。ジン殿もそのつもりでご協力をお願いしたい」
「わかったわかった、じゃあとりあえず今日のところは休もうぜ」
気が付けばすっかり日も暮れていたため陣は準備していた寝床に潜り込む。
「そうですわね。わたくしも休ませて頂きます」
マリアも陣が改めて作った簡易テントに入っていく、あたりから気配が消えていき風の音と虫の囀りだけが空間を支配する。
「ジン殿」
「ん?どうした?」
ランスロットがたき火に枝をくべながら声をかけてきた。
「ジン殿はいつからこのホーカイ大陸に?」
たき火の爆ぜる音だけが、返事を待っている。
その目に、昼間の悪ふざけの色はもう無かった。
「(――来た)」
頭の中で素早く日数を数える。本当の答えは2日前。姫が適合者で無くなった、まさにその日だ。
「…7日ほど前だ。もういいか?寝るぞ」
嘘は細部を盛りすぎないに限る。社会人生活で身に付けた数少ない処世術だった。
強引に話を終わらせランスロットに背を向け寝ようとする。
その背中に射抜くような視線を感じながら。




