第3話:魔法
「逃がすな!!姫以外はどうなっても構わん!撃て!」
直後、複数の爆炎が立ち上る。その中を陣達3人が駆け抜ける。
ランスロットが姫の手を引き、陣はその後ろを息も絶え絶えになりながら追いかけている形だ。
ランスロットが目の前の大木を避け走り抜けようとした瞬間、大木の上に潜んでいた刺客が襲来する。
しかし、ランスロットは刺客の存在を分かっていたかのようにほとんど相手も見ずに斬り捨てた。
姫の手を引き走りながら一瞬で一閃したのだ。
正直なところ派手なことをした訳ではない、剣術でいう袈裟斬りという斬り方だろうか。
しかし、実際に目の前で振るわれた大剣の切っ先が綺麗な弧を描き、その弧をなぞる様に血飛沫が舞う様子は唯々美しかった。
「ジン殿!後ろを頼みます!」
そんな美技に見とれていられるのも束の間、ランスロットから指示され振り返ると新手の刺客が3人迫ってきていた。
「くそっ!マジでやるのか!?やれるのか!?」
焦りながらも右手を刺客の方へ伸ばし手を広げた――
――時は少し遡る
「ではジン様は東の大陸からこのホーカイ大陸へいらしたんですのね」
「遠く東にはユーラス大陸があると聞くが」
「もっと東…かな?ジパングとか呼ばれてたり呼ばれてなかったり」
「聞いたことありませんわ」
「聞かんな」
「(ですよねー)」
無事に契約(?)が済まされた後、三人は陣の作った仮設テントで休息を取っていた。
どうやらマリアと名乗ったお姫様は箱入り娘だったようで、今まで物語でしか知ることの無かった外の世界に興味津々なご様子。
異世界転移ものにありがちな“答えにくい質問”を陣(旅人設定)へ連発していた。
「ジン様はどうして旅に出られたのですか?見たところ剣士様では無さそうですしやはり魔法の修行なのでしょうか?あ、もしかしてジン様の村には年老いてから旅に出て見聞を広めるしきたりがあるのでしょうか?私そのような物語を読んだことがありますの。それとも見たところ御独りのご様子ですし伴侶をお探しだったりするのでしょうか?昔読んだ物語の途中で出会った男女が恋仲になるものがありましたの、私のような王家の者には無縁ですしとっても印象に残りましたわ」
「お、おう…」
「姫、ジン殿がお困りです。」
「あら、私ったら…旅人の方とお話しするのなんて初めてだから少し興奮してしまいましたわ」
そういうマリアは初めて見た時に感じた大人びた印象とは別人の様に、初めての体験に目をキラキラさせる子供の様だった。
というかまだ子供なのだろう、恐らく14~5歳なのではないだろうか。
片やランスロットは逞しい身体と渋い表情から陣と同年代と思われる。
「(改めて見ると二人とも本当にファンタジーな恰好してるな…)」
現代日本に生きてきた陣とて教育の中で歴史を学び中世ヨーロッパでの生活様式や服装などは知っているし、映画やドラマなど映像表現の中ではある意味見慣れた格好のはずなのだが、二人の恰好はそれらを超えるファンタジー感だった。
マリアは桜色を思わせるドレス、ランスロットは赤褐色の鎧を身に纏っている。一見するとありふれたデザインではあるのだが、その素材は陣の知る布や鉄などとは違うように見えるのだ。
マリアのドレスは一見絹のように見えるのだがプラスチックのような硬さを見せている部分もあり、ランスロットの鎧に至っては陣の知る素材のどれとも違うように見えた。
「(あの素材は何だ…?セラミックのようにも見えるが布のようなしなやかさもあるみたいだが…)」
研究職の性というより性格に由来するところだが、陣は一度考察タイムに入ると没頭する癖がある。
気が付けばランスロットの鎧に手を伸ばしペタペタと触ってみたりコンコン叩いてみたりしていた。
「ジン殿…どうされた?」
「おっと、すまない素晴らしい鎧だったのでつい」
「ジン殿は見る目がおありの様だ、この鎧はミラリス家よりマリア様をお守りするために授かったのだ」
「ミラリス家に伝わる伝説の鎧ですわ、当家では代々適合者を守る騎士に鎧を授けておりますの」
「適合者?」
「ジン殿はミラリス教徒ではないのですね」
「えー、まぁあんまりそういうのは信じない方で」
「最近は魔法を使う方でもミラ様の教えを信じない方が多いと聞いています。悲しいことですが」
「姫、悲しむことなどありません。今は信じていなくともいずれミラ様の教えに気が付く時がくるのです。」
「(宗教苦手なんだよなぁ…)」
マリアに対し熱い視線を向けるランスロットを尻目に陣は同僚に熱心な宗教家が居たことを思い出す。
その同僚はとても優秀な研究者だったが、研究が行き詰るといつも熱心に神様へお祈りしていた。
それだけならいいのだが、一緒のプロジェクトを担当した時に陣までそのお祈りに参加させるのだから参ってしまった。
神頼みの研究がその後どういう結末を辿ったのかは言うまでもない。
「そういえばジン様はどのような魔法をお使いになるのですか?」
「そうでした、これからの旅で戦闘もあるでしょう、事前にある程度戦力を確認させて頂きたい」
「え?いやーそれはちょっと(ヤバイヤバイヤバイヤバイ)」
「全ての手の内を明かせとは言いませぬ、せめて属性と使える権限だけでも」
「(権限?よくわからんがこちとらただのサラリーマンだぞ…)」
生粋の日本人でありサラリーマンの陣に出来る魔法と言えば、3、2、1、エイ!と掛け声をかけて信号の色を変えることぐらいである。
しかしここで自分の有用性を見せなければ折角手に入れた現地通貨と現地人を失うことになってしまう。
そうすればまた一人ぼっちの迷子に逆戻りだ。
「ランスロット、無礼ですよ」
「ジン様に手の内を明かせと言うのなら、まずはこちらから明かすのが礼儀というものです」
「ハッ!おっしゃる通りで」
「(姫様!時間稼ぎナイス!)」
「ジン殿失礼した。まずはこちらから説明しよう」
「私は見ての通り騎士だ。魔法は使えぬがこの剣で姫をお守りする。たとえ誰が相手だろうと斬り捨てる」
そういうとランスロットは背中の鞘から大きな剣を抜刀し、その鋭い刀身を挟んで真剣な眼差しで陣を見つめる。
その構えから言葉に嘘は無いという気迫が伝わるようだった。
「(怖い怖い怖い怖い、あの眼は本気だ…場合によっては俺もということか、危なそうなら金だけ貰ってトンズラも考えてたんだが無理だな)」
最低な考えではあるが初めての異世界転移だ。よくわからない争いに巻き込まれてゲームオーバーというのは避けたい。
しかし、このランスロットの気迫の前ではトンズラ案は破棄するしかないだろう。
「次はわたくしですね」
張りつめた空気を感じ取ったのかマリアが説明を始める。
年齢の割に場の空気というものに鋭い感性を持っているようだ。
「わたくしは水魔法を使います。使える権限は第三階位までですわ」
そういう姫は手のひらを目の前の大木に向け呪文を唱えた。
『我が権限に基づき命ずる ウォーターカッター』
それは一瞬だった。詠唱を終えた瞬間、マリアの手のひらが光を放ちそこから白い線が放たれた。
それと同時にマリアが横薙ぎに手を振ると目の前の大木に一筋の線が刻まれた。
「(傷?いや違うな)」
陣の目は正確に目の前の事象を捉えていた。一見すると大木の表面に傷を付けただけのように見えたがそうではない。
ズズッっと音を立てて目の前の大木が一斉に倒れていった。そう一斉に。
切断されていたのだ。しかも一本だけではなく目の前一帯の大木がだ。
「おぉ…すげぇ、ロマンだ」
思わず感嘆の声を漏らす陣。
「こんな感じですわ。あ、申し上げておきますと、呪文は一言一句正確に唱えるのが肝心ですのよ。発音が乱れると発動いたしませんの」
圧倒的な力を見せつけたマリアは美しい金髪をなびかせて振り返りニッコリと笑う。斬り倒された大量の大木を背にして。
「(異世界すげー!魔法なんてものが実在するなんて!あの水はどこから発生したんだ?それにあの圧力のパワーソースは?全くわからん面白い!)」
声には出さないが脳内で大興奮する陣、だが喜んでばかりはいられない。
「して、ジン殿の方は?」
またしてもランスロットの鋭い視線が陣を射抜く。
「えー、じゃあ俺も…(くそっやるしかないか、せめてポーズだけでも)」
せっかく時間稼ぎが出来たのだがマリアの魔法の衝撃ですっかり思考のリソースが奪われていたため何も考えていなかった。
しかしここまで来て何も出来ない、というわけにもいかずとりあえずマリアの真似をして手のひらを大木に向ける。
「(たしかこうだったよな…?やけくそだ!!)」
意を決してマリアの詠唱を思い出す。一言一句、正確に。
『我が権限に基づき命ずる…ウォーターカッター!』
【認証しました】
詠唱を終えた瞬間、頭の中で声がした。その声はどこかで聞いたことがあるような無いような…なんとも特徴の無い声だった。
だが、それを考察する余裕は無かった。目の前で起きた現象は衝撃的だった。
手のひらの前の空気が、一瞬白く煙った。霧が凝るように、何も無い空間から水が「集まって」くる。
最初に感じたのは熱だった。大木に向けた手のひらに熱を感じた。次に感じたのは凄まじい衝撃だった。手のひらで何かを受け止めたような衝撃だ。
咄嗟に全身に力を入れて衝撃を受け止めるが、その勢いは凄まじく体勢を崩しそうになる。
消防士の使う消火ホースは莫大な水を放出するためにしっかりと押さえつけていないとホースが暴れるというが、陣の受け止めている衝撃はまさにそれと同じものだった。
「うおおおおぉ!大人しくしやがれえええ!」
興奮から思わず叫ぶ、そして暴れる右手を抑えながら目の前の大木に向かって一閃した。
「うわっ!」
勢い余ってドスンと転んでしまったが、いつの間にか水の放出は止まっていた。
「痛てて…どうなってるんだ?」
あまりの衝撃に状況の整理が追い付かない陣の背後からパチパチパチという拍手が聞こえる。
「お見事ですわ」
「見事なウォーターカッターでしたぞ」
二人の賛辞を受け止めながら状況を確認し驚愕する。
目の前の森が見事に伐採されていた。それもマリアの時より広範囲にわたって。
「マジかよ…まさか本当に使えたのか」
「これで戦力は問題ありませんな」
「えぇ、心強い仲間が増えて頼もしいですわ」
「(なんとかなったが…なんで俺が魔法なんて使えるんだ?それにさっきの声はなんだったんだ?)」
陣の疑問をよそに突然「ピュー」という音が聞こえて来た。
「まずい!見つかったようです!早くこの場を離れましょう!」
即座にランスロットが事態を把握し動き出す。
陣とマリアの魔法により敵に居場所を察知されたらしい。
「ジン様も早く!」
「くそ!分からないことだらけだって言うのに」
二人を追いかけて走り出す――
――そして時は動き出す




