第39話:独りじゃない誕生日
その日、陣は朝から様子がおかしい仕立屋に呼び出された。
「店の二階の水道が変なんです、先生、すぐ来てください」と、カーシャの弟子が言うので工具袋を担いで駆けつけたら。
「「「——お誕生日、おめでとうございます!!」」」
扉を開けた瞬間、クラッカー代わりの小さな水魔法が、ぱしゃんと虹を作った。
「————は?」
飾り付けられた店内。テーブルに並んだご馳走。
マリア、ランスロット、カーシャ、ファイロ、カーシャの弟子たち。窓の外にはご丁寧に「王室より」の花まで届いている。
「え、いや、待て。なんで」
「ふふん。ウィキさまから、モノリス経由で教わりましたのよ」
マリアが、胸を張った。
「ジン様の生まれた日——千年前の暦で、5月11日。ジン様がご自分で数えていらした「ジン様の暦」で、今日、ですわ」
「(あいつ……!「ひみつ」って、これかよ…!)」
「三十歳の節目と伺いました。それはもう、盛大にやらねばなりますまい」
「先生には日頃の御恩がありますから!」
「御使い様の生誕祭!これはもう聖日制定を猊下に上申せねば!」
「それはやめろファイロ、マジでやめろ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
宴は、日が暮れても続いた。
カーシャ特製のケーキには、細工飴の数字が載っていた。「3」と「0」。
「ろうそくは三十本立てると火事になりますから、数字にいたしました」
「賢明で助かるよ……」
カーシャは全員のカップに紅茶を注いで回りながら、ちらちらとマリアとランスロットを窺っている。
祝いの席でも、この人の本業は変わらないらしい。
ランスロットは早々に酔い潰れ(下戸だった)、マリアに膝枕で介抱されるという醜態を晒し、店中の生温かい視線を浴びた。
ファイロは祝福の炎の芸を披露しようとして、カーシャに物理的に止められた。
騒がしくて、あたたかくて、少しも静かじゃない夜だった。
「……なぁ、姫さんや」
「なんですの、ご先祖さま」
「俺、一年前……いや、あっちの数えなら千年と一年前にな。独りで誕生日やったんだよ。安い酒と、一人用のケーキで」
「まぁ」
「そん時はさ、二十九にもなって独りで祝ってりゃ世話ねーなって、心底思ったんだが」
陣は、騒がしい店内を見回した。
酔い潰れた騎士。笑う姫。泣き上戸の密偵。火を出す信者。
テーブルの上の、数字の飴。窓の外の、二つの月。
「……三十の誕生日が人生最高になるなんてな。わからんもんだ」
「ふふ。来年は、もっと賑やかですわよ?」
「なにせ来年は——家族が、増えておりますもの」
マリアはそう言って、酔い潰れた婚約者の頭を、そっと撫でた。
「(……あぁ、そうか。式が済んだら、俺にも「孫」みたいなもんが……いや、待てよ?子孫の子供は何て呼ぶんだ……?)」
オッサンの新しい悩みは、尽きそうにない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜更け。皆が寝静まった後。
陣は一人、店の外の井戸端で、夜風に当たっていた。
手には、祝いの葡萄酒の残り。
「————なぁ、真理」
見上げた先、二つの月に向かって、陣は杯を掲げた。
「三十になったよ、俺。お前の作った世界で、お前の子孫に祝われて、な」
「約束通り、お前のぶんまで見て回ってる。……いい世界だよ、ここは。ロマンの塊だ」
「お前が好きそうって言うんなら——あぁ、大好きだよ。世界一な」
月は、答えない。
ただ、まん丸すぎる方の月が、今夜も静かに光っている。
陣は、杯を干して、伸びをひとつ。
「……さて、寝るか。明日も仕事だ」
千年前、独りの部屋で終わるはずだった人生は。
千年後の今日も、騒がしく続いていく。
——こうして、相沢陣の30歳は始まった。
誰にも見送られずに始まった29歳は。
大勢に祝われて、終わった。
(アラサーオッサンのファンタジーライフ・完)




