第40話:研究日誌・復元版(エピローグ)
誕生日の翌朝。
寝不足の頭でモノリスの間に顔を出した陣を、石版の光が待ち構えていた。
『じんさま!おたんじょうびプレゼント、わたしそびれたの!』
「ん?昨日の祭りの黒幕はお前だろうが。十分もらったよ」
『ちがうの。もっとすごいの、あるの』
『あのね。システムがなおったとき、こわれてたデータもね、すこしずつ、なおってるの』
『それでね——まりさまの、にっき。なおったの』
「————————」
『よむ?』
陣は、しばらく黙って、それから静かに椅子を引き寄せた。
「……読む。全部だ」
石版に、千年前の文字が、一字も欠けることなく流れ始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
記録者:花咲里 真理
<20──年5月12日>
昨夜遅くに発生した地震の影響で自宅が半壊したらしい。
幸いにも研究室は無事だ。さすがは世界最大手の企業研究室といったところか。
自宅については残念だが特に思い入れも無いうえに最近は研究室に寝泊まりしているので支障はない。
街ではかなりの被害が出ているようだが他の研究員は大丈夫だろうか。
今の研究にはマンパワーが不可欠だ。仮に欠員が出たとしても即刻補充する必要がある。
彼がいればマンパワーなど不要なのだが。
<20──年5月13日>
昨日から余震が続いている。研究室では揺れを感じることは無いがニュースでは大々的に報道がされている。
研究員にもかなり欠員が出ている。上層部へ人員補給を申請したがまだ回答は無い。
無理もないことだとは思う。あれほど大きな被害を出した地震なのだ。
研究員にも上層部の人間にも家族がいる、自身や家族に死傷者が出たものも多いようだ。
独り身の私にはその悲しみは想像できない。
<20──年5月25日>
あいつの研究していた課題について確認したかったのだが連絡が取れないことに気が付いた。
あいつのことなどどうでもいいが私の研究に影響が出るのは困る。あいつの心配など全くしていないが。
<20──年5月28日>
どうも体調が優れない。食事も喉を通らない。
疲労だろうか。休む理由にはならないが。
<20──年6月10日>
私としたことが、全く研究に身が入らない。
<20──年6月18日>
ついに一ヶ月たったがあいつと連絡はつかなかった。
自分の研究を放置して消えるとはいい度胸だ。
散々ロマンだのなんだのと喚いていたくせに。
まぁ消えたやつのことなどどうでもいい、しかしあの研究を放置するのは一人の研究者として忍びない。
どうせ誰も続けない研究なら私が暇つぶしに進めてやるのも悪くはない。
決してあいつのためなどではないが、研究が可哀想なのだから仕方がない。
<20──年7月1日>
あいつのAIだがなかなか可愛いものだ。あんなに憎たらしい男が作ったとは思えない。
さすがに呼び名に困るのでMIRAと名付けることにした。
<20──年7月10日>
大きな成果があった。今まで何をしてもコントロールに不具合があったシステムだが、試しにMIRAにコントロールを任せたところ正常動作することが分かった。
コントロール用の筐体については三ツ星製作所に開発を依頼していたが、不要になってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
石版の前で、陣は長いこと文字を眺めていた。
「…………「あいつの心配など全くしていないが」、ねぇ」
「二回も書くなよ。心配してんじゃねーか、思いっきり」
『まりさま、そういうひとなの』
「知ってる。……誰よりもな」
陣は目元を拭って、立ち上がった。
朝の光の中、巡礼たちが祈るモノリスの間に、今日も天啓の文字が流れていく。
千年前の、一人の研究者から始まった文字が。
千年後の世界を、今日も静かに、見守っている。
(了)
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
九年ごしに、ようやく相沢陣の物語を終わらせることができました。彼の二十九歳の始まりから、三十歳の始まりまで、お付き合いくださったことに感謝します。
それでは、また別の物語で。




