第35話:最後のミッション
『根本原因の除去について——管理者の決裁を要求します』
深夜の管制室。巨大画面の前で、陣は椅子に座り直した。
「(……説明を、続けてくれ)」
画面が、切り替わっていく。
『現状報告: 全コアモンスターノ停止ニヨリ、エラーノ拡散ハ抑制サレマシタ』
『但シ、コレハ対症療法デス』
『エラーノ発生源——非正規改変「権限抹消機能ノ無効化」ガ存続スル限リ、エラーハ再ビ蓄積シ、推定80〜120年後、モンスター禍ハ再発シマス』
「(……そうか。そうだよな。蛇口を閉めなきゃ、風呂はまた溢れる)」
「80年後…わたくしたちの、孫や、ひ孫の時代ですわ…」
『根本治療: 非正規改変ノ除去(システムノ正規化)』
『コレニヨリ権限抹消機能ハ復元サレ、エラーノ蓄積ハ恒久的ニ停止シマス』
「(なら、やるしかないだろ。決裁も何も——)」
『警告: 本処理ニハ、以下ノ代償ガ伴イマス』
画面が、赤みを帯びた。
『一。非正規改変ト一体化シテイル「管理者権限ノ維持設定」モ同時ニ除去サレマス』
『——現管理者「相沢陣」ノ権限ハ、抹消サレマス』
『権限抹消ニ伴イ、全属性ノ行使、全端末トノ接続、及ビ保守エージェントトノ神経接続ハ失ワレマス』
『尚、権限ノ発行判定ハ出生時ニノミ実行サレマス。正規システムニ、再発行ノ機能ハ存在シマセン』
「(……俺の魔法が、消える。それと————ウィキとの回線も、か)」
「(やり直しは無し、と。……相変わらず、杓子定規なお役所め)」
『二。非正規改変ノ認証中枢ハ、施工者ノ生体組織ヲ鍵トシテ構築サレテイマス』
『改変ノ除去ニハ、認証中枢ノ完全停止ガ必要デス』
「(認証中枢……生体、組織……?)」
『認証中枢: 施工者「花咲里真理」ノ生体組織(冷凍保存・機能維持中)』
『保管場所: 月面基地「女王」中央区画』
『——千年間、稼働シ続ケテイマス』
管制室が、静まり返った。
「(————真理が。真理の一部が、まだ……あの月に……)」
「(生きて……いや、「機能して」……千年、ずっと……)」
「ジン様……それは、つまり……」
マリアの声が震えていた。
「真理さまの、最後のお身体が……月で、千年、この仕組みを守っていて……それを、止める、ということ、ですの…?」
『肯定シマス』
システムの声は、どこまでも事務的だった。
『施工者ハ、本処理ノ実行者ヲ「管理者本人」ニ限定シテイマス』
『決裁ヲ、オ願イシマス』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「————ずるいだろ、こんなの」
陣は、画面に背を向けて、天井を仰いだ。
「世界を治すには、あいつの最後のひとかけらを、俺がこの手で消さなきゃならない。俺の魔法も、ウィキも、全部道連れで」
「やらなきゃ、80年後にまた化け物が湧く。マリアの孫の時代に。……あいつが守ろうとした、子孫たちの時代に」
「どっちを選んでも、あいつの遺したものを、俺が壊すことになる」
誰も、何も言えなかった。
その沈黙を破ったのは——小さな、震える声だった。
『……おもいだした』
「(ウィキ?)」
『アーカイブと、つながって……かけてたところが、うまって……わたし、おもいだしたの。ぜんぶ』
球体の光が、ゆっくりと明滅する。まるで、深呼吸をするように。
『わたしはね、MIRAの端末。ほしゅようの、いちばんちいさな子』
『千年まえ、まりさまがわたしをここに——地上においたの。「エラーのおそうじをつづけて」って。「それから、いつかこまったことになったら——」』
『「——あのひとをよんで。あのひとは、こまってるひとを、ほうっておけないから」って』
『わたし、そのことばだけ、ずっとおぼえてたの。ぜんぶわすれても、それだけは、こわれなかったの』
「(————真理の、置き土産……お前が、そうだったのか)」
『それでね、ジンさま。わたし、しってるの』
『まりさまはね、こうなることも、ぜんぶわかってたの』
『じぶんのからだが鍵になってること。いつかジンさまが、それをとめなきゃいけないこと。ジンさまが、いまみたいな顔をすること——ぜんぶ』
『だからね、まりさま、わたしにいったの』
ウィキは、一度言葉を切った。
そして、千年前の言葉を、そのまま届けた。
『「あの人は優しいから、きっと迷う。そしたら伝えて。————それは後始末じゃなくて、お迎えだよ」って』
「————————」
お迎え。
千年、月で待ち続けた彼女の欠片を。
迎えに行って、連れて帰って、休ませてやること。
「……はは。あいつ……千年前から、俺の悩む顔まで、お見通しかよ……」
陣は、俯いて、笑った。
笑いながら、拳で目元を拭った。
「ジン殿」
ランスロットが、静かに言った。
「我らはどちらを選んでも、貴公の隣にいる。だが——ひとつだけ言わせてくれ」
「貴公は、あの熊を「病気が治った」と言った。湖の主を「王様」と呼んだ。鶴に「お疲れさん」と頭を下げた」
「————真理殿にだけ、それをしないのは、道理に合わんだろう」
「……ランスロット、お前……」
「わたくしからも、ですわ」
マリアが、まっすぐに陣を見た。
「ご先祖さま。わたくしの、もう一人のご先祖さまを——お迎えに行って、さしあげて」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
陣は、立ち上がった。
画面に向き直り、大きく息を吸う。
「(あいつは俺の死を、生に書き換えた)」
「(なら今度は、俺の番だ。あいつの千年を————安らぎに、書き換える)」
「決裁する。……最終フェーズを、始めてくれ」
『決裁ヲ受理シマシタ』
『最終認証ノ準備ヲ開始シマス——』
画面の光が、強くなる。
『尚、認証完了時——予約メッセージガ 1件 アリマス』
「(……予約、メッセージ?)」




