第33話:千年鶴(前編)
<千年鶴>
種別:伝承(星降りの浜)
備考:曰く、浜には神の使いの白い鶴が棲む。曰く、鶴は千年鳴き続けている。曰く、その声を聞いた者は、なぜか泣けてくるという。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「——作戦を確認する」
管制棟の屋上。眼下に広がる射場跡を前に、陣は指を三本立てた。
「一つ。あの折れた塔は絶対に壊せない。ウィキ曰く、あそこはこの施設と空を繋ぐ「通信の塔」だ。倒れてなお、あの塔のおかげで衛星との回線が生きてる。へし折ったら、モンスター禍の大元を治す作業そのものができなくなる」
「二つ。やつは飛ぶ。今までのデカブツと違って、空が主戦場だ。俺の水もマリアの水も、狙いをつける前に振り切られると思え」
「三つ。……これが一番厄介だ。やつはコアの「痛み」を垂れ流してる。近づくと、ウィキの声が混線する。つまり戦闘中、ウィキの支援は当てにできない」
『……ごめんなさい』
「(お前のせいじゃない。むしろ千年もあの声を聞き続けてきたお前が、一番きついだろ)」
「策は、おありなのでしょう?」
「半分な。まず地上に降ろす。降ろし方はこれから考える——が、その前に一回、様子見だ。相手の手の内を知らないと、策も何もない」
「では、様子見の囮は私の役目だな」
ランスロットが、当然のように前へ出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
様子見は、三十秒で終わった。
『ミラリスの権限に基づき命ずる エクソス!!』
射場跡を疾駆するランスロットに気付いた瞬間、千年鶴は巣から落ちた。
正確には、落下しながら翼を広げた。
五十メートルの白い翼が空気を掴んだ刹那、暴風が射場を薙ぎ払う。
「なっ——」
疾風のランスロットが、押し戻された。
足を止めたところに、影が差す。見上げれば、白い巨体が信じられない速さで旋回し、急降下してくる。
「躱せ!!」
嘴が、大地を抉った。
土煙の中からランスロットが転がり出る。掠っただけで、鎧の肩当てが持っていかれていた。
「——退け退け退け!!様子見終了!!」
三人は管制棟の陰に転がり込んだ。
頭上を、暴風が通り過ぎていく。鶴は追撃せず、大きく旋回して、また塔の巣へと戻っていった。
「はぁっ、はぁっ……何なのだ、あの速さは…!巨体のくせに…!」
「けほっ…見ましたか、あの旋回…!翼の風だけで、石が飛んでおりましたわ…!」
「(想定の三倍は速い。あれは「大きな鳥」じゃない。空を千年飛び続けた化け物だ)」
そして、もう一つ分かったことがある。
鶴は、巣から離れない。
どれほど翼を広げても、旋回しても、必ずあの塔に戻る。
「(巣を守ってる……いや、違うな。あいつが守ってるのは————回線だ)」
「(月との、通話を切らさないように。千年、あの塔にしがみついてるんだ)」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜。管制棟の中で、三人は頭を突き合わせていた。
「降ろす、と簡単に言ったが……どうやって降ろす。矢も魔法も、あの暴風で届くまい」
「網、というわけにもいきませんわねぇ。あの大きさでは」
「(考えろ。飛ぶってのは、何だ。翼で空気を掴むこと。なら空気を掴めなくすれば——真空?無理だ、規模が桁違い……)」
「(重くする?水をぶっかけるか?いや、あの風で霧散する。それに濡れたくらいじゃ——)」
「(————濡れた、くらいじゃ?)」
陣の思考が、止まった。
「(……いや、待て。濡れて、それが凍ったら?)」
「(鳥は羽根が命だ。飛行機だって翼に氷が付いたら飛べない。「着氷」——あれは航空事故の定番だ)」
「(このクソ寒い北の海風の中、やつは自分の羽ばたきで風を起こしてる。もし翼が水を——それも凍る寸前の水を浴びたら、羽ばたくたびに自分の風で冷やして、自分で自分を凍らせて——)」
「ジン殿。その顔は、思いついた顔だな」
「あぁ。——おい二人とも、「過冷却」って言葉、覚える気ない?」
「「かれいきゃく?」」
「水ってのはな、静かーに冷やすと、凍る温度より冷えても凍らないままでいられるんだ。で、そいつは何かにぶつかった瞬間、一気に凍る」
「まぁ……そんな水が、ありますの?」
「作るんだよ、これから。俺とあんたの水魔法で」
陣は、床に図を描き始めた。
「明日の朝までに仕込む。作戦名は——」
『ジンさま!!』
ウィキの悲鳴が、頭の中で弾けた。
『あのこが!あのこの声が、へんなの!!』
直後——夜の静寂を、あの鳴き声が引き裂いた。
いつもの、月へ昇る長い声ではない。
短く、鋭く、何かを掻き毟るような——絶叫だった。
「なんだ…!?」
屋上へ駆け上がる。
月明かりの下、塔の上の白い巨体が、のたうっていた。
黒い瘤が、見る間に膨らんでいく。首に、翼に、胸に。
まるで、何かが内側から限界を迎えたかのように。
『コアが……あばれてる…!さいごの2つがとまったから、ぜんぶのエラーが、あのこにあつまって——』
『このままだと、あのこ————はれつしちゃう!』
「弾けたら、どうなる」
『エラーのつぶが、いちどにぜんぶ、ばらまかれる……!このはま、ぜんぶ……ううん、もっととおくまで……!』
「(——時間切れ、かよ!)」
のたうつ巨体が、翼を広げた。
絶叫と共に、千年鶴が、夜空へ舞い上がる。
その黒く膨れた影は、月を横切って——ひどく、禍々しかった。
「作戦は!?ジン様、過冷却の仕込みは!?」
「朝までかかる予定だった——が、そんな悠長なこと言ってられなくなった!」
陣は、夜空を睨んだ。
「ぶっつけ本番だ!!全員、配置!!」




