第31話:千年前の記録
その夜、管制室の巨大画面は、千年前の歴史を順に映し続けた。
マリアとランスロットは階段席に並んで座り、陣が読み上げる「授業」に聞き入った。
千年後の子孫たちに向けた、千年前の人間による、世界史の講義である。
『列島大震災 被害報告』
「——始まりは、でかい地震だった。俺の生きてた時代だ。国中が揺れて、たくさん人が死んだ」
『災害多発期における国土維持計画』
「地震は一回じゃ終わらなかった。次から次に来た。火山も、嵐もだ。人間は減っていって……それでも、諦めなかった」
『広域災害予知システム「MIRA」運用開始』
「災害を予知する仕組みを作った。……さっきの、あの人が作ったんだ。予知は当たった。当たったんだが——多すぎた。逃げる場所のほうが、なくなっていった」
『ADRS(広域現実干渉システム)構想書』
「そこで人類は、とんでもないことを考えた。「逃げられないなら、世界のほうを作り替えよう」——空気中に目に見えないほど小さな道具を無数にばら撒いて、水を、土を、火を、自在に動かす仕組みだ」
「それが……魔法、ですのね」
「あぁ。あんたたちの魔法は、千年前の人間が作った、世界を治すための道具なんだ」
「ちなみにこのシステム、名前をADRS——読むなら「アドロス」だ。……聞き覚えないか?」
「! 審問官さまの詠唱ですわ…!「アドロスの御名において」……!」
「あれは天の御国の名前なんかじゃない。道具の型番だったんだよ」
『地軸変動観測報告——通信網、全域断絶』
「だが、間に合わなかった。一番でかい地震が地球の軸を狂わせて、空の上の設備と、地上の連絡が切れた。……ここから先の記録は、無い。文明は一度、燃え尽きた」
「……あぁ、それとな。地軸が狂うってのは、気候が狂うってことだ。5月なのに真夏並みに暑かったり、この時期の海が真冬みたいに冷たかったり——俺がずっと引っかかってた違和感の答えも、多分これだ」
「石器時代——絵本にある「長い冬」ですわ……」
『自動修復計画:月軌道補正——「第二の女王」建造記録』
「それでもシステムは生きてた。命令する人間がいなくなっても、壊れた地球を治すために、独りで働き続けた。月の軌道を直すために、もう一つの月……第二の女王を作った」
「二つ目の、月を……作った…!?」
「あぁ。あんたらが毎晩見てる、あの丸すぎる方の月だ。あれは人形ならぬ、月形の道具だよ」
「そして通信が繋がり直した時、システムは前より強くなってた。……剣と魔法の世界の、出来上がりだ」
長い沈黙のあと、ランスロットが唸るように言った。
「……我らの千年は、先人の遺した道具の上で、営まれていたのか」
「そういうことになるな」
「なぜだろうな。悔しさよりも……礼を、言いたくなる」
「(——お前のそういうとこ、ほんと好きだよ)」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「休憩にしましょう。ジン様、ずっと喋り通しですわ」
「あー……そうだな。喉が」
マリアが湯を沸かしに立ち、ランスロットが薪を取りに出た、その合間だった。
陣は、ずっと開けずにいた記録に、指を伸ばした。
『列島大震災 行方不明者名簿』
「(……見るだけだ。確認する、だけだ)」
検索。名前を、入れる。
一拍の後、画面に一行が浮かんだ。
『相沢 陣(29) ■■県■■市 自宅倒壊ニ伴ウ行方不明 ——未発見』
「(————あぁ、やっぱり)」
わかっていた。わかっていたつもりだった。
それでも、公文書の書体で自分の「死」を見るのは、応えた。
俺は、行方不明者だ。千年前のあの晩、家ごと潰れて、見つからなかった人間だ。
「(真理は……これを、見たんだな。この一行を)」
震える指で、関連記録を辿る。
名簿に紐づいて、一件の研究記録が登録されていた。
投稿者: 花咲里真理。
表題は——
『観測されていない現象の改変可能性について』
「(……なんだ、これ)」
開く。学術論文の体裁の、しかしどこか鬼気迫る文章が並んでいた。
『——観測が完了していない事象は、確定していない。』
『瓦礫の下から遺体が発見されない限り、その人間の死は「観測」されていない。』
『未観測の事象に対し、十分なエネルギーと十分に発達した干渉技術をもって介入した場合、事象の結末を書き換えられる可能性がある。』
『具体的には——行方不明(死亡)を、行方不明(生存)へ。』
「(————————)」
『必要エネルギーの試算: 震災級の地殻エネルギーの転用で賄い得る。』
『必要技術水準の試算: 現行ADRSの完成形であれば可能。ただし完成は数十年後と予測される。』
『結論: 本計画は、私の代では完了しない。』
『よって本計画は、システムの自律実行に委ねる。発動条件と手順は別紙。』
『計画名——』
画面の最後に、その名前はあった。
『計画名: 「おかえり」』
「————————っ」
陣は、口を押さえた。
そうしないと、声が出そうだった。
死ぬはずだった。俺は、あの晩死ぬはずだった。
それを、あいつが。
瓦礫の下の「未確定」に賭けて。自分では完成を見られないと知りながら。千年がかりの仕組みを組んで。
計画名に、「おかえり」なんて付けて。
「ジン様ー?お湯が沸きましたわよー?」
「————今、行く」
陣は袖で顔を拭い、深呼吸を三つした。
画面を閉じる、その寸前。
「(……真理。お前……お前って、やつは……)」
「(————全部、聞かせてもらうからな。最後まで)」
管制室の窓の外で、千年鶴の声が、また月へと昇っていった。




