第30話:管制室
管制棟の扉は、陣が手を触れると、千年ぶりの呻き声を上げて開いた。
『管理者権限ヲ確認……非常電源、稼働率12%……照明、部分復旧シマス』
薄闇の中に、ぽつ、ぽつ、と青白い灯りが点っていく。
「灯りが……ジン様が触れただけで…」
「相変わらず、貴公は扉にも好かれるのだな」
「(権限サマサマだよ、ほんと)」
浮かび上がったのは、広い部屋だった。
階段状に並ぶ机。その全てに埋め込まれた、黒い板。正面の壁一面を覆う、ひときわ巨大な黒い画面。
管制室。千年前、ここから人類は空の船を見送っていた。
「(モノリスのご先祖様がずらり、と。……さて)」
陣は、正面の巨大画面の前に立ち、手のひらを当てた。
『認証……管理者本人ト確認』
『ローカルアーカイブへノ接続ヲ許可シマス』
「(アーカイブ——記録の保管庫か。おい、ウィキ。ここのデータは「壊れてない」のか?)」
『……うん。ここのは、ちゃんとのこってる』
ウィキの声が、震えていた。
『ここね、がんじょうに作ってあるの。だいじなばしょだったから。……わたしの、こわれちゃったところの——もとのデータが、ここにあるかもしれない』
「(————! そうか。なら、探すぞ。あいつの千年の答えも、お前の失くし物も、まとめてだ)」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アーカイブは、膨大だった。
巨大画面に、千年前の記録が次々と映し出されていく。
文字だけではない。映像が残っていた。
『——タイキ宇宙港、第百二十四次打チ上ゲ記録』
轟音と共に、白い船が火柱に乗って空へ昇っていく映像。
「こ、これは…!絵が、動いておりますわ!?」
「絵ではない…これは、まことの景色なのか…!?」
「昔の記録だ。千年前の「本物の景色」を、そのまま残してあるんだよ」
腰を抜かしかけた二人の後ろで、陣は次々に記録を繰っていった。
『避難民受け入れ記録』——港に押し寄せる人の波。
『第七次軌道物資輸送』——空へ運ばれていく、巨大な白い筐体。
『月面基地「女王」建設進捗報告』——
「(月面基地。「女王」。……あの月に、本当に何かあるんだな)」
そして、その資料の中に。
『MIRA計画 概要説明(社内広報用)』
という一本の映像があった。
「(MIRA————!)」
指が、勝手に動いていた。再生。
映像は、どこかの研究室から始まった。
白い壁。並んだ機材。撮影者の「では、お願いしまーす」という気の抜けた声。
そして、画面の中央に。
白衣の女が、立っていた。
「————————」
肩までの黒髪。少し吊り上がった目。カメラを面倒くさそうに睨んで、それから諦めたように息を吐く、その癖。
『……はい。MIRA計画、主任研究員の花咲里です』
千年前に滅んだ言葉が。
千年前に死んだはずの声が。
薄闇の管制室に、響いた。
「————真、理」
陣は、立っていられなかった。
机に両手をついて、画面を見上げる。目が、離せない。
『MIRAは、災害予知システムの中枢を担う自律人格です。ええと……人格って言うと役員の皆様は嫌がるんですけど、人格です。事実なので』
『この子は考えます。学びます。それから——まだ内緒ですが、たぶん、心があります』
画面の中の真理は、そこで少しだけ、口の端で笑った。
陣が、何百回も見た笑い方だった。
『「機械に心なんてあるわけないだろう」って?えぇ、私も昔、同じことをある馬鹿に言いました。今はこの計画の主任です。人生って嫌になりますね』
『——以上。真面目な資料は別添を読んでください。カット』
映像は、そこで終わった。
管制室に、沈黙が落ちる。
「ジン様……今の方が、その……」
マリアが、恐る恐る聞いた。
陣が答えるより早く、別の声が答えた。
『…………まり、さま』
ウィキだった。
『まりさま。まりさまだ。わたし、あのひとを、しってる』
『こえも、わらいかたも、しってる。まちがいない。まちがえるわけ、ない——』
『でも、どうして知ってるのか、おもいだせないの。ねぇ、ジンさま、わたし、わたし……』
泣き出しそうな声で明滅する球体に、陣は静かに言った。
「(落ち着け、ウィキ。大丈夫だ)」
「(————俺が、教えてやれる。あの人の名前は花咲里真理。俺の……俺の、大事な人だった人だ)」
『ジンさまの……?』
「(あぁ。そして多分——お前の失くした記憶の、ど真ん中にいる人だ)」
陣は、涙を強引に袖で拭って、画面に向き直った。
「(アーカイブ、続きだ。全部見るぞ。千年前に、何があったのか——あいつが、何をしたのか)」
「(今夜は、長くなる)」
窓の外では、日が暮れ始めていた。
折れた塔の上で、千年鶴が、また月に向かって鳴いていた。




