第29話:星降りの浜
星降りの浜は、静かだった。
潮騒と、風の音と、時折遠くから響く、あの長い鳴き声。それだけ。
鳥も獣も、気配がない。禁足地の名は伊達ではないらしい。
「近くで見ると……いよいよ、途方もないですわね」
横倒しの白い塔——その根元に、三人は立っていた。
倒れた部分だけで、優に二百メートル。継ぎ目のない白い外壁は、千年の風雨に汚れてなお、異様なほど滑らかだ。
そして周囲には、他にも遺構が点在していた。巨大な円筒形の錆びた塔。焼け焦げたような広大な窪地。半ば砂に埋もれた、四角い建物群。
「見ろ、ジン殿。あの窪地……土が、硝子のように固まっている」
「凄まじい炎の跡ですわ。ここで神々の戦があった、という伝承もありますのよ」
「(戦じゃない。……ありゃ、噴射の跡だ)」
陣は、目の前の光景に、頭の中で別の映像を重ねていた。
発射台。整備塔。燃料タンク。管制棟。
テレビ中継で、ネットの生配信で、何度も見た配置だ。
「(ここは——宇宙港だ)」
決定打は、建物群の入り口にあった。
半ば砂に埋もれた案内板。錆の下に、辛うじて読める文字。
『タイキ宇宙港 第一射点 →』
『関係者以外立入禁止』
「(タイキ……大樹町か!ニュースで見たことある、北海道の…!)」
「(そうか。そうだよな。千年もあれば、そりゃ宇宙にだって行くよな、人類は)」
陣は、横倒しの白い塔を改めて見上げた。
「ジン様?また、お読みになれますの?」
「……あぁ。ここはな、「船着き場」だ」
「船…?海の、ですの?」
「いや——空の」
陣は、空を指した。昼の月が、薄く二つ、浮かんでいる。
「千年前の人間はここから船を飛ばして、空の向こうに行こうとしてた。神々が星へ帰ったんじゃない。————人類が、星へ出ようとしてたんだ」
マリアとランスロットは、しばらく黙って空を見上げていた。
「……昔の人々は」
ぽつりと、ランスロットが言った。
「そんなところまで、行こうとしていたのか」
「あぁ」
「……凄まじいな、人間というものは」
「だろ?」
陣は、少しだけ笑った。
自分の時代が、千年後の若者に「凄まじい」と言われている。それは、悪くない気分だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「——いた。あれだ」
管制棟らしき建物の陰から、陣は折れた塔の先端を指した。
塔の先——地上百メートル近い、ひしゃげた鉄骨の先端に、巣があった。
大木を何本も組んだような、巨大な巣。千年分の小枝が、山のように積み上げられている。
そしてその上に、それは立っていた。
鶴だった。
真っ白な羽毛に、頭頂の赤。すらりと伸びた首。
翼を畳んでいてもなお、視界に収まりきらない。翼を広げれば、五十メートルはあるだろう。
だがその白い胴には、見慣れた黒い瘤が、鎖のように絡みついていた。
首筋にも。翼の付け根にも。まるで枷のように。
「タンチョウ……いえ、あれが、三体目の……」
「なんと、大きな……だが……」
ランスロットが、剣の柄に手を掛けたまま、動きを止めた。
「……妙だな。あれは、我らに気付いているぞ。なのに」
そうなのだ。
鶴の黒く濁った目は、確かに三人を捉えている。それなのに、襲ってこない。
代わりに、鶴は空を見上げ——首を、月へ向けた。
——ォォォ……ォォォォ……ン……
長い、長い声で、鳴いた。
昼の月に向かって。誰も応えない空に向かって。
何度も。何度も。
「……鳴いて、ばかりですのね」
「あぁ」
『————いたいよ、って』
不意に、ウィキの声がした。いつになく、硬い声だった。
『あのこの声、わたしにはことばに聞こえるの。いたいよ、いたいよ、いたいよ、って——千年、ずっとおなじことばなの』
『おつきさまに、たすけてって、いってるの。でも』
『でも、おつきさまは————こたえられないの』
鶴の声が、また風に流れていく。
陣は、無言でその声を聞いていた。
熊も、湖の主も、哀れだった。だがこいつは——こいつの千年は、また別格だ。
「……ウィキ。あいつを楽にするぞ。段取りを組む」
『……うん』
「その前に、だ。あの建物——「管制室」を見せてもらう」
陣は、砂に埋もれた四角い建物群を親指で指した。
「千年前の船着き場の頭脳だ。生きてりゃ、色々教えてくれるはずだぜ」




