第28話:北へ
聖都を発って、七日になる。
「——ほう、あんたら南から来なすったか。いやぁ、いい時に来た」
街道沿いの村の茶屋で、老店主が湯気の立つ椀を並べながら言った。
「いい時?」
「モンスターがめっきり減ってなぁ。瘤持ちの獣なんぞ、この半月ばかりとんと見ん。行商が夜道を歩けるなんて、わしの若い頃にもなかったことじゃ」
「聖都の方じゃ、雷の御使い様のおかげだと言うとるらしいが……ま、わしらにゃミラ様のご機嫌が直った、で十分よ」
「(——ちゃんと、効いてるんだな)」
椀の汁をすすりながら、陣は隣の二人と目を合わせた。
マリアがこっそり微笑み、ランスロットが小さく頷く。
コアモンスター、二体停止。
世界は、目に見えて治り始めていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それで、ジン様。三体目の「星降りの浜」というのは、あとどのくらいですの?」
夜。街道脇の野営で、マリアが地図を覗き込む。
「ウィキ曰く、北の海沿いだ。あと十日ってとこか」
「星降りの浜……子供の頃、絵本で読みましたわ。神々が星へお帰りになった場所。今は禁足地で、近づく者は祟られる、と」
「祟り、ねぇ」
「(実際は「危険な古代設備が残ってるから近づくな」って千年前の立入禁止が、伝承になっただけだろうな…とは、もう言えるんだよな、俺は)」
あの仕立屋の夜以来、陣は隠し事をやめた。
転移のこと。使命のこと。だから今度の旅の目的も、二人はもう知っている。
ただ一つ。祭具室の石版で見た「直系子孫」の四文字だけは、まだ言えずにいた。
「(言うなら、全部の確信が揃ってからだ。「多分あんたは俺の子孫」なんて、半端に聞かせていい話じゃない)」
「ジン殿。火の番は私が先でよいか」
「おう、頼む。……なぁランスロット。旅が終わったら、お前どうすんの」
「な…!ど、どうとは、何がだ」
「いや、姫さんのことなんですけど」
「~~~っ、し、知らん!寝ろ!ジン殿はもう寝ろ!!」
「はいはい」
「(からかい甲斐のあるやつめ)」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
異変は、北へ進むほどはっきりしていった。
ウィキが、静かなのだ。
『…………』
「(ウィキ。今日はやけに大人しいな)」
『……あのね、ジンさま。へんなの』
「(変?何がだ)」
『このみち、はじめてとおるのに……なつかしい、きがするの』
「(懐かしい?)」
『うみのにおいがするでしょ。かぜが、つめたいでしょ。……わたし、このにおい、しってる。ずっとずっとまえに、しってた、きがする』
「(————)」
記憶を失くした千年の見守り番が、北の潮風を懐かしがっている。
それが何を意味するのか、陣にはまだ分からない。分からないが——嫌な予感は、しなかった。
「(そうか。なら、思い出せるといいな。この旅で)」
『……うん!』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
十日目の午後。最後の丘を越えた時、それは見えた。
「————なんだ、あれは」
海だった。灰色の冬の海が、地平の果てまで広がっている。
その手前。海沿いの平地に——白い塔が、横倒しに倒れていた。
いや、塔と呼んでいいのか。
根元だけが天を向いて屹立し、そこから折れた巨大な白い柱が、野を越えて延々と横たわっている。全長は、聖都の大聖堂が丸ごと収まるほど。
「あれが……星降りの浜……」
「絵本より、ずっと……大きい、ですわ……」
二人が息を呑む隣で、陣もまた、言葉を失っていた。
ただし、別の理由で。
「(……見覚えが、あるんだよ。あのシルエット)」
「(テレビで。ニュースで。何度も見た。あの白い塔は————)」
風に乗って、声が届いたのは、その時だった。
——ォォ……ォォォ……ン……
遠く、折れた塔の先端のあたりから。
何かの鳴き声が、鐘の音のように、長く、長く、尾を引いて響いてくる。
『…………きこえる? ジンさま』
ウィキの声が、囁くように言った。
『あのこが、ないてるの』
『おつきさまに、むかって——ずっと』




