↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/45

第20話:御神体

「参拝、ですか」


「あぁ。敵の本丸を一度この目で見ておきたい。祭りの当日にぶっつけ本番は怖いからな」


翌日。カーシャの手引きで、陣は大聖堂の一般参拝に紛れ込んだ。

同行はカーシャのみ。さすがに姫と騎士を本丸に入れる度胸はない。


「大祭前のこの時期だけ、モノリスの間が遠くから拝観できるのです。普段は高位の神官様しか入れません」


「へぇ。ありがたいこって」


白い肩掛けの巡礼たちに混ざり、長い回廊を進む。

外側の装飾は絢爛だった。だが奥へ進むほど、壁は例の灰色に、通路は四角く、飾り気がなくなっていく。


「(外側は千年物の大聖堂。中身は…どんどん「庁舎」になっていくな)」


陣の足が、ふと止まった。


回廊の壁に、古い浮き彫りが飾られている。聖人たちの列像——の、下。

台座に、掠れた文字が刻まれていた。


『総合受付 ←』


「(…………受付)」


「お客人?どうなさいました」


「いや…なんでも」


その先の広間には『神々の待合の間』と呼ばれる一角があった。長椅子が整然と並び、巡礼たちが祈りながら順番を待っている。

壁には数字を刻んだ札を掛ける金具が、ずらりと並んでいた。


「あれは、順番の聖札です。ミラ様の御前に出る順を、あの札で賜るのです」


「(整理券だ…整理券の発券機の成れの果てだ…)」


「(葬式で笑いを堪える時の顔になってる自信があるぞ、俺は今)」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


そして、モノリスの間に着いた。


そこは大聖堂の最深部——つまり、灰色の本体の中心だった。

吹き抜けの広間の奥、一段高い祭壇の上に、それは立っていた。


黒い、巨大な板。


高さは人の背の三倍ほど。表面は磨かれた黒曜石のようで、飾りの一つもない。

ただ、その前に立つ白髪の老司祭が恭しく香を焚き、巡礼たちが床に額づいている。


「あれが御神体——ミラ様の石版です」


「(————薄型の、バカでかい、ディスプレイだ)」


「(祭壇の位置、あの角度、下の台座…窓口のカウンターの上に据えられた案内板。役所のロビーの、あれだ)」


確信は、直後にやってきた。


石版の表面に、ふ、と光が走ったのだ。


『ォォォ…』と巡礼たちがどよめき、床に伏せる。老司祭が「天啓じゃ!心を鎮めよ!」と声を張る。


黒い板の上を、白い文字が流れていく。

誰にも読めない、神代の文字が。


——読めてしまう男、一人を除いて。


『定期報告 東部湖沼群ノ水位 基準値内』

『大気循環 正常』

『農耕支援ノ要請ヲ受理 第7管区』


「(……業務報告だ)」


「(がっつり業務報告が流れてるだけだ。天啓の正体、システムの定期レポートじゃねーか)」


笑いそうになって、しかし次の瞬間、陣の顔から表情が消えた。


流れる文字が、切り替わったのだ。


『特記事項』

『適合者権限ノ移動(再掲)』

『前権限者: マリア・ミラリス』

『現権限者: 管理者本人』

『移動日: 稼働372,850日目』

『現在: 稼働372,898日目』


「(かどう——37万日?)」


とっさに、頭の中で引き算が走る。

三十七万二千八百九十八、引く、三十七万二千八百五十。


——四十八。


四十八日前。

指を折るまでもない。マリアが資格を失った日。俺が、この世界に落ちてきた日だ。


それが。

世界で一番目立つ黒板に。

公式記録として、堂々と、掲示されている。


「(おいおいおいおい…壁新聞かよ。俺の秘密、思いっきり貼り出されてるじゃねーか)」


「(読める奴がいないのが唯一の救いだが…もし誰かが読めたら?もし教会が、断片的にでも解読してたら?)」


「(——「新たな適合者が現れた日」くらいは、あいつらも掴んでるんじゃないのか)」


背中を、冷たいものが伝った。

ランスロットに告げた「7日前」という嘘が、音を立てて軋み始めていた。


そして遅れて、もう一つの数字が頭の中で音を立てた。


「(——「稼働37万日」。割ることの365で……ざっと、千年ちょっと)」


「(千年。こいつは、千年動き続けてるのか)」


「(なら「神代」ってのは千年前のことで……あの地下の駅も、日本語の案内板も、千年前の——)」


そこから先は、頭が考えることを拒んだ。


「お客人。顔色が優れませんね」


「…荘厳すぎて、酔ったかな」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


そして、もう一つの異変は——頭の中で起きていた。


『…………』


「(ウィキ?さっきから静かだな)」


『ジンさま。ここ……』


ウィキの声は、囁くようだった。


『ここ、しってる。わたし、ここ、しってるの』


「(この大聖堂を、か?)」


『たてものじゃなくて……あの、くろい、いた』


『あのこの声、きこえるの。とぎれとぎれで、ちいさいけど……あのこ、ずっと、おはなししてるの』


「(——石版が、話してる?誰と?)」


『……おそらの、うえ』


ウィキの声が、ひどく遠くに聞こえた。


『おつきさまと、おはなし、してる』


「(————月、と)」


見上げた先、モノリスの黒い表面には、まだ文字が流れ続けている。

千年、誰にも読まれることのなかった報告書を、律儀に、途切れることなく。


「(お前は誰に報告してるんだ。……誰が、まだ聞いてるんだ?)」


黒い板は、答えなかった。

ただ祭壇の香の煙だけが、まっすぐに、天井へ——空へ向かって、のぼっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。