第18話:巡礼道
「——というわけで、だ」
川筋を三日下った先の宿場町。
陣はテーブルの上に、露店で仕入れた品々を並べた。
「明日からうちらは、降臨祭に向かう巡礼の一家だ」
聖都サロマでは十日後、年に一度の大祭——ミラ降臨祭が開かれる。
街道はすでに、白い肩掛けを羽織った巡礼たちで溢れ始めていた。あの人波に紛れてしまえば、検問も顔を検めきれない。
「巡礼の、一家…ですの?」
「あぁ。設定はこうだ。俺が父親。マリアが娘。ランスロットが…息子」
「「息子!?」」
「実際16だろうが。……いいか、その渋い顔は封印しろよ。お前は今日から純朴な農家の長男だ」
「む、無理を言うな!私は農具の持ち方も知らん!」
「鍬なんて剣より簡単だろ」
「あら、では私とランスロットは兄妹ですのね」
マリアがくすくすと笑い、ランスロットが露骨に肩を落とした。
「(すまんな、恋人設定にすると、お前ら赤面して三歩で正体がバレるんだよ)」
変装の仕上げは髪だ。マリアの金髪は市場で買った染め粉で栗色に染め、ランスロットの鎧は解体して荷車の農具の下に隠した。
そして陣は、仕上げに自分用のある物を購入した。
「ジン様、それは…?」
「杖だよ、杖。もう「杖なし」で手配されてるからな。逆に持ってりゃいいんだろ、という発想の勝利だ」
「発想はご立派ですが、それ、ほうきの柄では…?」
「先っぽに水晶っぽい石を括り付けた。ほら、それっぽい」
「それっぽくは、ない…と思いますわ…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
巡礼の列は、想像していたものと違った。
もっと厳かで、辛気臭いものだと思っていた。
実際の巡礼道は——賑やかだった。
「ほれ、兄さんたちも食いなされ。巡礼は道連れ、飯は分け合いと決まっとる」
隣を歩く老婆が、蒸かした芋を勝手に配ってくる。
前を行く一家の子供たちは聖歌を数え歌に変えて遊び、後ろの若者組は「大祭で良縁を祈る」と息巻いていた。
「ばあちゃんは、何を祈りに行くんだ?」
「あん?わしゃ礼を言いに行くんじゃ」
「礼?」
「今年も孫が無事に育った。畑が実った。冬を越せた。ほれ、礼を言うことばかりじゃろ」
老婆は当たり前のように言って、芋の皮を剥いた。
「天啓サマは偉い人らのモンじゃがな、ミラ様は誰のことも見ておられる。わしらが辛抱しとる時も、嬉しい時もな。……見ていてくれる誰かがおる。それだけで、人は歩けるもんじゃよ」
「(————)」
陣は、少しの間だけ黙って歩いた。
教会の上層が利権で肥えていることを、陣はもう知っている。
天啓が「石版のログ」であることも、御業が「システム」であることも、たぶん世界の誰より正確に理解している。
それでも——この婆さんの「ありがとう」は、本物だ。
「(信仰ってのは、上のお偉方のもんじゃなくて…こういう、生活の骨組みなんだな)」
「(もし全部の種明かしをしたら…この人たちの千年は、どうなるんだ?)」
答えの出ない問いを、陣はそっと荷物の底にしまった。
「にいちゃん、暗い顔してんじゃないよ。ほれ芋」
「…おう。ありがとな、ばあちゃん」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜。巡礼たちの野営の焚き火が、街道沿いに点々と連なる。
「壮観ですわね…この火の一つ一つが、みんな聖都へ向かっていますのね」
「姫…いえ、“妹よ”。そろそろお休みください」
「ふふ、お兄様は心配性ですわね」
すっかり兄妹ごっこを楽しんでいるマリアと、生真面目に役をこなそうとするランスロット。
「(平和だな…追われてるはずなんだが)」
『ジンさま、ジンさま』
「(ん?)」
『あのおばあちゃんの言ってたこと、きいてた?「見ていてくれる誰かがおる」って』
「(あぁ。いいこと言うよな)」
『わたしね、それ、すこしわかるの』
「(ん?)」
『わたしも、ずっと見てたから。この世界のみんなを、ずーっと、ずーっと。……なんでずっと見てたのかは、おもいだせないんだけど』
「(………)」
『でもね、見てるとね、すきになるの。みんなのこと。だから“びょうき”を止めたいの』
焚き火の一つが、ぱちんと爆ぜた。
「(……そうか。お前は千年、この世界の見守り番だったんだな)」
「(誰に頼まれたのかも忘れて、それでも律儀に見てたわけだ。……本当に、律儀なやつ)」
『? ほめてる?』
「(褒めてるよ)」
『えへへ』
夜空には、二つの月。
巡礼たちの寝息と焚き火の番の声だけが、静かな街道に続いていた。
聖都サロマまで、あと七日。




