第1話:森と姫と騎士と
「痛ってぇ…」
酷く痛む頭を押さえながら起き上がり、二日酔いになるほど飲んだ覚えは無いのにと思いながら辺りを見回す。
「森…だよな?」
目の前…どころではなく360度どこを見ても鬱蒼とした森が広がっていた。
そして思い出す…謎の穴を。
「あの穴何だったんだ…俺の部屋一階なんだけど」
「それにしてもこの森、珍しい木ばっかりだ」
草木に特別詳しい訳ではないが、目の前の森には公園などでよく目にする木が無いように見えたのだ。
「それに…なんだか妙に整ってるな。植林でもないだろうに」
木々の間隔も高さも、まるで誰かが手入れしているかのように揃っている。
小さな引っかかりを覚えたが、それ以上考える材料もなかった。
「これってラノベでよくある異世界転生…いや異世界転移ってやつじゃ」
異世界転移、昨今のラノベやアニメで死ぬほど使い古された設定だが、冴えない主人公が現実世界とは理の違う異世界でチートスキル(特殊能力)を使い無双するという、誰もが一度は夢見るシチュエーションにロマンを感じる人は多い。しかし。
「そんな訳ないか常識的に考えて」
「まさか就活のストレスで夢遊病にでもなったかな…」
以前テレビで夢遊病の主な原因はストレスという特集を見たことがあった。
楽観的な陣でも、29歳、独身、無職に加えて夢遊病まで発症したとあってはさすがに人生詰んだ気になってしまう。
「とりあえず、部屋に帰って面接の準備しないと…今何時だ?」
今までにいくらお祈りメールを貰っていたとしても今回の面接もダメになる証明にはならない。
そう考え時間を気にしたが、さすが夢遊病、着の身着のままどころか靴も履いていない。
上下グレーのスウェットに裸足という格好で腕時計なんて付けているはずもなかった。
「見知らぬ場所でスマホも財布も無しか…参ったな」
「まぁ歩いてればそのうち人のいる場所に出るだろう」
と楽観的に考え歩き出す。しかし、いくら歩いても森は終わらない。
体感的に1~2時間は歩いたはずだが人はおろか人工物一つ見つけられなかった。
「くそっ、いったいここはどこなんだ」
「腹の減り具合からいって12時くらいか、もう面接は諦めるしかなさそうだな…まさか不戦敗とは」
常識的に考えれば完全な遭難状態であり、面接など気にしている場合ではないのだが現代人の危機感の薄さと陣の楽観的な性格があいまって全く焦りがない。
とはいえ焦ったところで体力を消耗するだけなので、遭難中の無駄な体力消費を抑えたと思えば幸運とも言えるのだが。
「さすがに裸足でこれだけ歩くと辛いな…」
陣は体型こそ普通だが運動不足の典型的なアラサーオッサンであることに変わりはない。
しかも裸足で森を歩くのは思っている以上に気を遣う作業であり、少し気を抜くと小枝や小石を踏んで痛い目をみるため精神的にも肉体的にも限界が近かった。
「足も痛い、腹も減った、喉も渇いた…これはさすがにまずいな」
「考えないようにしてたが、これはマジで遭難だな…このままじゃ死ぬかもしれん」
さすがに事態の緊急性を認めるしかない。
こういった場合には闇雲に動き回らず救助を待つのがセオリーだ。
「救助…来るわけないよなぁ」
セオリーはセオリーだが、それはあくまで登山など計画され登山計画などが管理者へ提出されている場合のセオリーだ。
残念ながら勝手に消えた夢遊病患者の捜索などされる訳がない。
家族がいれば捜索願いを出される可能性もあるが。
「こういう時に独り身は辛い…真理が探してくれる訳もないし」
花咲里 真理とは大学時代から交際していたが、仕事上の意見の不一致によって退職と合わせて別れることになり、二ヶ月近く連絡も取っていなかった。
「あのツンデレリアリストめ…ロマンがわからんとは研究者としてどうなんだ」
真理については思い出す度にこんな感じだ。
第三者からみれば陣もロマンチスト過ぎて研究者としてどうか、と思われていたりするのだが。
「あてにならない奴のことを考えてもしょうがない」
「わからないことも多いが小さいことから片付けていくとするか」
気分を切り替えて問題解決のための思考へスイッチする。
陣にとって問題解決は日常茶飯事だ。これは元研究者としての職業柄というよりは、持って生まれた性分に起因するものだろう。
「まずは靴だな、何をするにも動き回る必要がある」
そう考えると近場の草木を選別し、細長い草を集め二つの束を作り始める。
そして束同士の端を縛り、それぞれを同じ方向に同時に捩っていく。
「おぉ…マジでロープになるのか暇つぶしのYouTubeもバカにならないな」
YouTube、ありとあらゆるジャンルの動画がアップされている超有名サイトだが、陣はその中でもサバイバル系の動画にハマり就活の合間に流し見していたのが幸いした。
「あとはこのロープで草履を編んで…と」
「よし!完成!見様見真似でもなんとかなるもんだ」
不恰好な草履ではあるが裸足よりも何倍もマシになった。
「しかし暑いな…まだ5月だっていうのに真夏並みだ」
額に浮いた汗をスウェットの袖で拭い次の作業に移る。
この森は木も気候もどこかおかしい。だがそれを検証する余裕は、今の陣にはなかった。
「次は水が欲しいところだが…使えそうなものが何も無いな」
水はツタ系の植物や果実から可能だが残念ながら周辺には見当たらなかった。
植物の葉や茎から水分を蒸溜する方法もあるが時間がかかる上に、原理的に水を貯める容器が必要だった。
「水は欲しい…が無いとすぐに死ぬって訳じゃないし」
「それよりも今は暑いくらいだが夜は冷えるはず、風をしのげるベース作りだな」
日中の気温をあてにしていると夜中に汗で濡れたスウェットに体温を奪われ凍死なんてこともあり得る。
「さっきのロープを量産してと」
ロープ同士を繋いで延長しそれを隣り合った木と木の間に渡し屋根の支柱にする。
支柱にしたロープから地面まで別のロープを何本か垂らすように設置する。
「よし、これで骨組みは出来たな」
「この骨組みにロープの材料にした草を引っ掛けていけば…簡易テントの完成っと」
YouTubeで半裸の外国人が作っていた簡易テントを真似してみたものだ。サイズこそ大人2、3人が入れるほど大きいが、材料が周辺で取れる草なこともあり見た目は完全に周囲と同化している。
「カモフラージュ率高いな…これだと近くを誰か通ってもスルーされそうだ」
「しかしこれは…ロマンがあるな!秘密基地みたいで!」
遭難中の身としては発見率を下げるのは以ての外なのだが、少年心をくすぐる外観に思わず陣の悪い癖が出る。
「後はテントの中に草を敷いてベッドも完成、なかなかいい出来だな」
夢中でベース作りに励んだこともあり、あたりはすっかり暗くなっていた。
「明日は水と食料の問題をどうにかしないといけないし、今日はさっさと寝るとするか」
普段の陣であればまだ寝るにはだいぶ早い時間だが、見ず知らずの森を彷徨い慣れないサバイバルを行ったこともあり既に眠気がMAXだった。
「目が覚めたら全部夢だった…なんてオチなら良いんだがなぁ」
淡い期待を抱き夢に落ちる。その頭上に地球では在りえない二つの月が輝いているとも知らずに。
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「ふぁ~…喉渇いた…」
翌朝、情けない声で欲望丸出しの目覚めを迎え、目をこすりながらスウェットに絡みついた草を落としていく。
「ん?この音、雨か!?」
耳に入ってきたのは雨のような水音だった。慌ててテントから飛び出す。
「朝から幸先良いってレベルじゃ「きゃ!!」え?」
突然の悲鳴、もちろん陣がこんなかわいい悲鳴を上げる訳が無い。
まず目についたのは綺麗な金髪、そして脱ぎ掛けたドレスから覗いている陶器のように白い首筋だった。
「姫!!」
息つく暇も無く茂みの向こうから男が現れる。やっと追いついた思考が「人だ!」と喜びの表情を作ろうとした時、男の手に大きな剣が握られていることに気がついてしまう。




