↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/45

第16話:山の向こう

屋根の下で眠り、湯を浴び、土の味がしない飯を食う。

たったそれだけのことが、これほどの贅沢だったとは。


「うまい…うますぎる…」


「ジン様、ほっぺにシチューが付いていましてよ」


「魂が飛んでいたようだな、ジン殿」


山裾の小さな村、その唯一の宿。

ダンジョンから生還した三人は、まる一日を人間らしさの回復に費やしていた。


マリアは念のため頭巾で金髪を隠している。だが村人たちは客の詮索より、話したいことがあるようだった。


「あんたら山越えの旅人かい。いやぁ、いい時に来なすった」


「いい時?」


「ここ数日、山の魔物がめっきり大人しくてなぁ。先週まではあの尾根から瘤持ちの獣が下りてきて、まいっとったんだが」


「ぱったり出なくなってよ。ミラ様のご加護様々だわい」


「(——コアモンスターを止めた効果、か)」


「(ちゃんと世界に効いてるんだな。ウィキ、聞いたか)」


『うん!ここのあたりの“びょうき”は、もう、ひろがらないよ』


村人の笑顔に、地下で眠るあの熊の顔が重なった。

悪くない気分だった。少しだけ、世界を救う男の顔ができた気がする。


——その気分は、夕方までしか持たなかった。


「…おい、あれ」


宿の壁に、行商人が置いていったという触れ書きが貼られていた。

見覚えのある(そして相変わらず似ていない)金髪の少女の似顔絵。その隣に——新しい似顔絵が、一枚増えている。


への字口で、目つきが悪く、顎が崖のように尖った男の顔。


「なんだこの悪人面。見るからに誘拐犯って顔だな」


「あんたも気を付けなされよ。その男、「杖を持たん魔法使い」でな、姫様さらいの一味だそうだよ」と宿の女将は世間話のように言った。「異端審問官様の御一行が、峠の関まで来てなさるとか。なんでも、おっかない火のお方だそうな」


「…ランスロット、悪い。俺まで手配されてるっぽい」


「山を越えても網の中、ですか」


「(杖を持たない魔法使い、ね。どう考えても俺だ。俺なんだが——こんな顔か?俺は)」


「(それより異端審問官…例の「保護」の触れの元締めが、もう峠まで来てるのか。仕事が早いにも程があるだろ)」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


その夜。寝る前の日課になった、ウィキとの打ち合わせ。


「(次のコアモンスターの場所、そろそろ教えてくれ。ここまで来りゃ聞いても倒れずに済む)」


『うん!つぎのこはね——“せいと”のちかく。おっきなみずうみに、いるの』


「(聖都の近くの、大きな湖…)」


「(………おいまさか、サロマ湖か??)」


『うん!』


「戻るのかよ!!」


思わず声に出た。隣の部屋から「ジン殿?」と声がして、慌てて咳払いをする。


「(あのなぁ…こっちは聖都から逃げてきたんだぞ。教会の総本山のお膝元じゃねーか)」


『でも、いるんだもん』


「(お前なぁ…はぁ。分かったよ。分かったけど、どの面下げて戻るんだよ…)」


『だいじょうぶ!ジンさまのお顔、にがおえより男前だから、ばれないよ!』


「(慰めになってねーんだよなぁ、それ)」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


翌朝。どう切り出したものかと悩む陣より先に、口を開いたのはマリアだった。


「お二人に、聞いていただきたいことがありますの」


朝食のテーブルで、マリアは背筋を伸ばしていた。


「わたくし——聖都に、戻ろうと思いますの」


「姫!?」


ランスロットが椅子を鳴らして立ち上がる。


「なりません!聖都は教会のお膝元、追われている我々が自分から戻るなど…!」


「ランスロット。わたくしたち、いつまで逃げますの?」


「それは…」


「一年?十年?山を越えても触れ書きは追ってきますわ。次の山を越えても、きっと同じ。逃げるだけでは、終わりが来ないのです」


マリアは、静かに続けた。


「けじめを付けたいのです。お父様と、話をしなくては。わたくしがなぜ資格を失ったのか。これからどう生きるのか。逃げたままでは、伝えられませんもの」


「危険すぎます。陛下の御前に辿り着く前に、教会に…」


「えぇ、一人では無理ですわ。王宮には、まだ信じられる人がいます。それに——」


マリアはちらりと陣を見て、いたずらっぽく微笑んだ。


「こちらには、杖なしの魔法使い様と、鬼神の騎士様がいらっしゃいますし?」


「おだてても何も出ないぞ、姫さんや」


苦笑いしつつ、陣は内心で頭を抱えていた。


「(聖都に用ができた俺としては、願ってもない展開…展開なんだが…)」


「(——なぁウィキ。お前、まさかこれも「わかってた」のか?)」


『ね?』


「(だから『ね?』を覚えるな!!)」


得意げに明滅する球体を余所に、ランスロットはまだ渋い顔をしていた。

だが最後には、深いため息と共に剣を撫でた。


「…御意。ただし、危うくなれば私は姫を担いででも逃げます。ジン殿、その時は」


「おう、殿(しんがり)は任せろ。まぁ、そうならないように知恵は絞るさ」


「ふふ。では決まりですわね」


マリアは窓の外、北の空を見た。


「帰りましょう。わたくしたちの、聖都へ」


その視線の先、遠い山並みの向こうに——神都サロマは、まだ見えない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。