第15話:出口と追手
旧坑道は、嘘のようにまっすぐだった。
「すごい…どこまでもまっすぐですわ」
「これも神代の遺跡、なのだろうな。壁の材質があの通りだ」
松明に照らされた坑道は、継ぎ目のない灰色の壁が延々と続いている。
天井は緩やかな弧を描き、床の中央には——二本の細長い金属の残骸が、平行に、どこまでも延びていた。
「(二本のレール。等間隔の枕木の跡。緩い勾配…)」
「(…だろうな、って感じだ。もう驚かねぇぞ)」
駅があるなら、線路もある。
陣は答え合わせのようにそれを眺め、それ以上は考えないことにした。
考えるべきことは、山ほど溜まっている。慌てて結論を出せば、ろくなことにならない。
「ジン様、また何か考え事ですの?」
「いや。……早く外の空気が吸いたいなと思ってな」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
丸二日歩いて、それは唐突に現れた。
坑道の先に、白い点。
点は歩くほどに大きくなり、光になり——
「出口ですわ!!」
マリアが駆け出した。
「姫!お待ちください!」
「ふたりとも、早く!早く!」
崩れた坑道の口をくぐった瞬間、光が世界を塗り替えた。
山の中腹だった。
眼下には見渡す限りの緑の海。遠くに川が光り、名も知らぬ鳥の群れが渡っていく。
振り返れば、越えてきた山が壁のように聳えている。
「出た…出ましたわ!わたくしたち、山を越えましたのよ!」
「あぁ…ウェンスの検問も、これで振り切った」
「太陽がまぶしい…!風が気持ちいいですわ…!」
くるくると回るマリアと、それを眩しそうに見るランスロット。
陣は大きく伸びをして、肺いっぱいに外の空気を吸い込んだ。
「(生きて出られた、と)」
『おつかれさま、ジンさま!』
「(おう。お前もな、ウィキ)」
『えへへ』
「(……なぁ、ウィキ。次のコアモンスターの場所、聞いてもいいか)」
『うん。つぎはね——』
「(あー、待った。やっぱり今日はやめだ)」
『?』
「(今日くらいは、山を越えた気分に浸らせろ)」
『! うん!』
球体が嬉しそうに、ぱちぱちと明滅した。
「ジン殿!この先に村の煙が見えますぞ!」
「今夜は屋根の下で眠れますわね!」
「よし、行くか。……あー、その前に一つだけ言わせてくれ」
陣は二人に向き直り、真面目な顔を作った。
「ダンジョンの中じゃ、二人に何度も助けられた。ありがとうな。この歳になると、面と向かって礼を言う機会も減るもんでね。言える時に言っとく」
「ジ、ジン様ったら急に…!わたくしのほうこそ、ですわ!」
「礼には及ばぬ。我らは既に、その…と、友、なのだから」
「…おいおい、騎士様が友達認定たぁ光栄だね」
「い、今のは忘れてくれ!」
「忘れねー」
「忘れませんわ!」
赤くなるランスロットを姫と挟んで笑いながら、三人は山を下り始めた。
その頭上、昼の空に薄く透けて——二つの月が並んで浮かんでいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
——同じ頃。ダンジョン都市ウェンス。
「——それで?」
冒険者で賑わう酒場が、水を打ったように静まり返っていた。
原因は、カウンターに座る一人の男である。
白い法衣。だがその裏地は、燃えるような緋色だった。
男が指先を鳴らすと、ぽっ、と小さな火が灯る。それを退屈そうに眺めながら、男は続けた。
「金髪の少女連れの三人組は、ダンジョンに入ったきり戻らない。そこまでは分かった」
「へ、へい…もう半月にもなりやす。最深層に向かったって話で…素人連れじゃ、まず生きちゃいねぇかと」
答える店主の額に、汗が浮いている。
「死んだ、か。それは困る。“保護”のしようがない」
男は指先の火を、ふっと吹き消した。
「だがな、店主。俺はどうにも気になっているんだ。その三人組の男——杖も持たずに魔法を撃った、と言ったな?」
「へい…武具屋でも酒場でも、その噂で持ちきりで。杖なしの魔法使い様だと」
「杖なし、ねぇ」
男は嗤った。
「いいか、よく聞け。杖ってのはな、ミラ様の御力を借りるための、いわば”取次”だ。並の人間は、杖なしじゃろくに魔法を紡げん。素手で使えるのは神に近しい血統——王家か、指折りの大貴族の直系くらいのものだ」
「だが噂の男は、薄汚れた旅装の風来坊だったそうだな?」
「へ、へい…とても高貴なお方にゃあ…」
男は立ち上がり、銀貨を一枚、カウンターに弾いた。
「なら答えは二つに一つ。どこぞの名家が隠してきた落とし胤か——」
「——それとも、人間じゃあないか、だ」
「な、なら、あの三人組の男は、いったい…」
「さてな。だが心当たりなら一つある。ひと月ほど前の晩、聖都のモノリスが千年ぶりに独りで光った。誰も読めない神代の文字で、何かを告げてな」
「その晩からだ。俺たち異端審問局が、忙しくて仕方なくなったのは」
男——異端審問官ファイロは、法衣を翻して戸口へ向かう。
「山向こうの村々に触れを出せ。“保護”の対象が増えた、とな」
「金髪の姫サマと、鬼神の騎士と——杖を持たない何かだ」
扉が閉まり、酒場に喧騒が戻るまで、たっぷり百を数える必要があった。




