↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/45

第14話:圧力鍋

死んだ、と思った。


振り下ろされた前足を、陣は転がって躱した。二度目はない。それは分かった。


「(魔法なし、ウィキなし、短剣一本。詰みだ…いや待て)」


「(考えろ。考えるのが俺の仕事だろうが!)」


転がりながら、目だけは敵を見ていた。

そして、気付いた。


——傷が、塞がっていない。


さっきマリアが刻んだ脇腹の傷口が、開いたままだ。黒い粒子も、集まってこない。


「(そうか…!再生の材料はあの黒い粒子。で、ここは「すっからかん」の枯渇区画。つまりここじゃあいつも「治れない」!)」


「(——それだけじゃない。「まほうのもと」が無い場所じゃ、あの瘤の「病気」自体も、勢いが鈍るはずだ)」


現に、敵の動きはさっきよりわずかに重い。

だが、それでもなお巨体は巨体だ。素の膂力だけで、陣を挽き肉にするには十分すぎる。


「ジン殿!伏せろ!!」


風が唸った。

闇の中から跳び込んできたランスロットの剣が、濁った左目を横一文字に薙ぐ。


咆哮。巨体がのけぞる。


「立てるか!」


「助かった…!おいランスロット、こいつ、ここじゃ再生できてない!」


「なに?」


「だが物理じゃ削り切れん。図体はそのままだからな。……一度、境界の外まで下がるぞ。作戦がいる」


「作戦が、おありなのか」


「これから考える!」


「……ジン殿は、たまに実に頼もしいな!」


二人は挑発と回避を繰り返しながら、じりじりと境界線まで後退した。

巨体が追う。境界を越える。

その瞬間、傷口に黒い粒子が殺到し、左目の傷が見る間に塞がっていく。


そして陣の頭の中に、涙声が雪崩れ込んできた。


『ジンさまぁ!!もう!もう!しんじゃったかとおもった!!』


「(悪かった!で、泣いてるとこ悪いが作戦会議だ!)」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「(あいつを倒す。条件を整理するぞ)」


マリアの水壁が時間を稼ぐ間、陣は境界線ぎりぎりに陣取って高速で考える。


「(一、再生の材料は黒い粒子。枯渇区画なら再生は止まるが、あそこじゃこっちの魔法も使えない)」


「(二、核は瘤の中心。ランスロットの剣なら届くが、斬っても塞がる)」


「(三、あの瘤の中心は…異常に熱い。陽炎が出るほどだ。ウィキ、あれはどのくらいの温度だ?)」


『んっとね、たぶん、300℃くらい!おねつがずっと出てるの。“びょうき”がいちばんひどいところだから』


「(300℃…!生き物の体温じゃねぇ…いや、待てよ)」


熱。水。密閉された瘤の内側。


「(————見えた)」


陣は、にやりと笑った。


「(ウィキ、確認だ。水が水蒸気になると、体積は何倍になる?)」


『1700ばい!』


即答だった。


「(よし。作戦名「圧力鍋」だ)」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「——以上だ。頼めるか?」


「わたくしが、水を」


「あぁ。ランスロットが開けた裂け目に、第三階位の遠隔操作で水を押し込む。それもとびきり大量に、とびきり速くだ。姫さんにしか出来ない」


「刹那で瘤を割り、離脱する。私の役目はそれだけで良いのだな?」


「それが一番命懸けだけどな。開いた瞬間に姫さんの水が入る。息を合わせてくれ」


「ふふ…息ならいつも合っていますわ。ね、ランスロット?」


「ひ、姫…今は作戦中です…」


「(本番前にいちゃつくな)」


配置につく。囮はもちろん、言い出しっぺのオッサンである。


「おーいデカブツ!こっちだこっち!」


水弾を鼻先に当てると、濁った目がぎょろりとこちらを向いた。

突進。大地が揺れる。


「(頼むぞ、リア充ども…!)」


「今だランスロット!!」


『ミラリスの権限に基づき命ずる エクソス!!』


疾風が奔った。

神速の一閃が、瘤の中心を深々と斬り割る。裂け目から覗く、熱に濡れた黒い核。


「マリア!!」


「『我が権限に基づき命ずる——ウォーターカッター』!!」


だがそれは、刃ではなかった。

マリアの操る水は太い奔流となり、狙い過たず裂け目へ、瘤の内側へ、押し込むように叩き込まれた。


黒い粒子が集まり、裂け目が塞がる。

——水を、閉じ込めたまま。


「(300℃の核に、大量の水。逃げ場のない密室。そうなりゃ水は一気に沸いて——1700倍だ)」


一拍。


くぐもった音が、巨体の内側で鳴った。


次の瞬間、瘤が内側から膨れ上がり——爆ぜた。


轟音。白い蒸気が柱のように噴き上がり、黒い破片が礫となって飛び散る。

巨体はゆっくりと傾ぎ、大聖堂のような広間を揺らして、倒れた。


「……やった、のか?」


蒸気の晴れた先に、それは倒れていた。


瘤は跡形もなく弾け飛び、巨体の胴は半ば抉れている。さすがに、原型を留めてはいなかった。

その傷跡から、黒い粒子がすうっと立ち上っていく。今度は、集まらなかった。

霧のように散って、闇に溶けて、消えた。


——そして。


残った骸にも、まだ変化は続いていた。


身体のあちこちに食い込んでいた黒い塊が、ぼろぼろと崩れ、砂のようになって散っていく。

支えを失った骸はひと回り小さく萎み、後には傷だらけの、しかしただの熊が横たわっていた。


顔に張り付いていた瘤も剥がれ落ち、本来の面差しが覗いている。

固く閉じられた目は、どこか安らかにすら見えた。


「…元は、こんなにきれいな生き物でしたのね」


マリアが静かに歩み寄り、跪いて祈りを捧げる。


「病気が、治ったんだ。きっとな」


陣も、柄にもなく手を合わせた。


『ジンさま』


頭の中で、鈴を鳴らすような声がした。


『コアモンスター、3びきのうち——1びきめ、とまったよ』


『このちかの“びょうき”は、もうひろがらない。……ありがとう、ジンさま』


「(あぁ。……なぁ、ウィキ)」


『なぁに?』


「(あと2匹も、あんな風に苦しんでるのか)」


『…………うん』


「(そうか)」


陣は、眠る熊をもう一度だけ見た。


「(なら、急がないとな)」


遠く、ダンジョンの浅い層のほうで、モンスターたちの遠吠えが聞こえた気がした。

それはどこか、弔いの声のようにも聞こえた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。