第12話:リア充観察日記
枯渇区画は、二日目の昼(体感)にようやく終わった。
『——さま…ジンさま!きこえる!?』
「(うおっ、急に大声出すな)」
境界線を一歩越えた途端、頭の中に涙声が飛び込んできた。
『よかったぁ…!ずっとずっと呼んでたのに、ぜんぜん届かないんだもん…!』
「(悪かったって。そっちは二日ぶりだが、こっちも色々あってな)」
『ふつかじゃないよ。50時間と12分ぶり!』
「(はいはい、正確でな)」
拗ねたように明滅する球体に、思わず苦笑が漏れる。
魔法も戻った。マリアが試しに出した小さな水球が、暗闇にきらきらと光った。
「戻りましたわ!あぁ、よかった…!」
「(現金なもんで、あの声が聞こえるだけでずいぶん心強いな)」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最深層までは、まだ道のりがある。
一行はしばらく、探索と休息を繰り返す日々を送った。
そうなると見えてくるのは、互いの生活力である。
「ジン様、火が点きましたわ!わたくし一人で!」
「おー、やるじゃないか」
マリアは覚えがいい。火起こしも、水汲みも、寝床の設営も、教えれば翌日には一人でやりたがる。
「次は見張りを覚えたいですわ。夜のぶんを、わたくしにも割り当ててくださいな」
「姫、それはなりません。夜の見張りは」
「ランスロット」
「…前半の、焚き火から離れない範囲で」
「ふふ、交渉成立ですわ」
箱入り娘は、どんどん旅人の顔になっていく。
自分で決めた旅は、そんなに楽しいものらしい。
一方で、どうにもならないものもある。
「…なぁ、この携行食、いつ食っても土の味がしないか?」
「保存性は素晴らしいのですが…正直、おいしくは、ないですわね…」
「贅沢を言うな。二人とも」
そう言うランスロットが一番はやく食べ終わっているのは、育ち盛りだからか、味わう前に飲み込む知恵か。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
事件は、崩れかけた橋で起きた。
地底湖の上に渡された古い橋を、一人ずつ渡っていた時だ。
最後に渡っていたマリアの足元で、石がぐらりと傾いた。
「きゃっ…!」
「姫!!」
考えるより先に、というのはこういうことを言うのだろう。
ランスロットは渡り終えた橋を三歩で駆け戻り、傾いた石を蹴り台にして、宙に浮いたマリアの身体を抱き留めた。
そのまま二回転して対岸に着地する。
「(エクソス無しでやったぞ、今の…)」
「お怪我は!?」
「は、はい…あの、ランスロット…」
「はい」
「…もう大丈夫ですから。その、下ろして、いただけると…」
「——!!し、失礼しました!!」
姫を横抱きにしたままだったことに気付いた騎士は、音が出そうな勢いで赤面し、そっと…壊れ物を扱うように、そーっとマリアを下ろした。
マリアも耳まで赤い。二人の間に、妙な沈黙が流れる。
「(ごちそうさまでした)」
保護者は少し離れた岩に腰掛け、水筒の水を酒のつもりで呷った。
『ジンさま、ジンさま』
「(ん?)」
『「リアじゅう」って、なに?』
「(ぶっ)」
思わず吹き出しそうになった。
『ジンさま、あのふたりを見るとき、いつも心のなかで「リアじゅうめ」って言ってるでしょ。リアじゅうって、なに?』
「(お、お前なぁ、人の心を勝手に…あー、なんだ。リア充ってのは…)」
さて、なんと説明したものか。
「(…「現実が充実してる、幸せな奴ら」って意味だ)」
『ふぅん…?じゃあ、いいものだね!』
「(あぁ。いいものだよ)」
『ジンさまは、リアじゅうじゃないの?』
「(俺はもう終わったんだよ、色々と)」
『? おわってないよ?ジンさまの「今」は、ちゃんとつづいてるよ?』
「(……お前、たまに変なところで鋭いよな)」
『??』
きょとんと明滅する球体に、陣は苦笑いを返すことしかできなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の野営で、地図(ウィキの案内を陣が書き写したもの)を囲む。
「現在地がここ。で、最深層の入口が…この大広間の先だ」
「いよいよ、ですわね」
「あぁ。旧坑道の入口は最深層の奥。つまりコアモ…」
「コアモ?」
「…困った時の神頼みも、そろそろ本気で考えとくか、って言ったんだ」
「ジン殿がか?珍しいこともあるものだ」
「(あぶねぇ…コアモンスターの話はまだしてないんだった)」
三人はまだ知らない。正確には、二人はまだ知らない。
最深層で待つものの正体を、知っているのは陣と——
『ジンさま』
不意に、ウィキの声から遊びの色が消えた。
『あしたのばん、たぶん、いちばん“おっきいびょうき”のこに会うよ』
『だから今日は、いっぱい寝ておいてね』
洞窟の奥の暗闇は、いつもより深く、静かだった。




